Macaron Marriage
「パパ……どうしてここに? というか、来るなら連絡入れてほしいんだけど」

 平静を装いつつも、心臓はバクバクと激しく打ちつけている。先ほどまで翔と一緒だったからこそ、鉢合わせなかったことを神に感謝した。

 仕事の合間に立ち寄ったのだろう。スーツ姿の父は萌音に居間に来るように指で指示をすると、部屋の中へと入っていった。

「こちらで打ち合わせがあったそうです。萌音さんが気になって立ち寄ったと仰ってましたよ」
「そうなの……あっ、これ翔さんがくれたお土産。ゴーフル、華子さん良かったら食べて」
「いいんですか? ありがとうございます」

 持っていた紙袋を華子に手渡しながら、それだけではないような不安が()ぎる。

 パパが何も言わずにわざわざ立ち寄ったりする? 連絡くらいは入れるんじゃない? こんな私に逃げ場を与えないようなやり方……まるで以前の大学卒業の時に結婚させようとしたタイミングに似てる。

 緊張した面持ちで居間に入ると、父がソファに座って待っていた。

「だいぶ手を入れたようだな。昔の面影はどこにやらだよ」

 ぐるりと部屋を見渡しながら父親は呟いた。その向かい側に萌音は腰を下ろした。

「ここはお客様との打ち合わせの部屋に使ってるの。ドレスの試着をしたりもするし、カーテンは重要から変えちゃった。でもちゃんと残してあるから安心して」
「別に構わんよ。今は萌音の好きにすればいい」

 父は普段と変わらないペースで話を進めているつもりだろうが、萌音は父が何か言いたそうにしている空気を感じ取っていた。

 視線がチラチラと動き、指で膝を叩いている……集中していない証拠だわ……そう思った時、とうとう父が萌音の瞳を捉えた。

「仕事は順調なのか?」
「うん、少しずつ依頼も増えてきてる」
「そうか……それは良かったな。お前が帰国してここに移り住んでから半年……約束のことはちゃんと覚えているな?」
「……それは……もちろんちゃんと覚えてる……」

 表情を悟られたくなくて下を向いた萌音の耳に、父が小さく息を吐く音が聞こえた。

「結婚まで半年になったし、そろそろ相手の方と顔合わせをしようと思うんだ」
「……顔合わせ……?」

 まるで萌音の時が止まったかのようだった。言われた意味を理解出来ずに凍りつく。

「そうだ。お前のわがままを聞いて、ずっと待ってくださっているんだ。そのお詫びも兼ねての食事会にしようと思っている」

 父の目は萌音に有無を言わせないような鋭さを放っていた。
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