Macaron Marriage
* * * *

 助手席に座り翔の横顔をチラチラと見つめるが、彼は何も言わずにどこかへ車を走らせている。

 どこに向かっているんだろう……こうしている間にも顔合わせの時刻は迫ってきている。そういえば迎えを寄越すっと言っていたけど、私がいなければパパは驚くかもしれないわね……むしろこのまま翔さんとどこかに逃亡出来たら幸せなのにな……。

 しばらくして、車は駅のそばにあるホテルの駐車場へと入っていく。普段家から出ない萌音にとっては縁のない場所だったが、そういえば華子が『駅前のホテルのビュッフェが美味しい』と口にしていたのを思い出した。

 車が停車したので翔を見ると、ふと唇を塞がれる。

「大丈夫だよ。何も心配することはないから」

 そんなふうに優しい笑顔で言われてしまうと、信じる以外の選択肢はなかった。萌音は頷き車から降りる。そして二人はエレベーターに向かって歩きだした。

「私、ここのホテルに来るのって初めて」
「萌音の家は別荘持ちだからね。観光客はこの辺りのホテルに泊まってるよ」

 到着したエレベーターに乗り込むと、翔は最上階のボタンを押した。それからエレベーターは一度も止まることなく目的の階まで昇っていく。

 エレベーターの中からはホテルの中が一望出来、今はチェックアウトの客が受付カウンターにひしめき合っているのが見えた。

 最上階に到着すると、翔は萌音を先に下ろしてから彼女の手を引いて歩き出す。そこはいくつかの料理店が並ぶフロアだった。

 その一番奥にあった日本料理店の前で翔は足を止めた。中を覗き込み、カウンターの中にいた店員と何やら会話をしてから萌音の方へ向き直る。

「さっ、行くよ」

 こんなお店だし、誰かと会うのだろうか。でもまだ午前中でお昼の時間には早過ぎる。萌音の頭は混乱しつつも、とりあえず翔の後について行くしかなかった。

「こちらです」

 着物を着た女性の店員に案内されるまま、店内を進んでいく。いくつかの個室の扉の前を通過していくと、小さな赤い太鼓橋が見える。そこを渡った先の引戸の前で店員は足を止めた。

 翔は店員に頷くと、女性はそのまま戻っていった。その背中を見送っていると、翔は萌音の手を引いて引戸の前に立つ。

 彼の顔を見上げると、何も不安要素は見当たらなかった。いつもと同じ温かな眼差しで萌音を見つめている。

「おいで」

 萌音が頷くと、二人は引戸を開けて中へと入っていった。
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