Macaron Marriage
 その時、店長は萌音の手からブローチを取ると、そっとピンの部分を開く。それから萌音のブラウスの襟元に付けた。

「うん、可愛い。池上さんに似合ってますね」
「あのっ……これ……」
「あげます。頑張れって激励の意味も込めて」

 萌音は驚いたように目を見開き、両手を左右に振りながら挙動不審になる。

「だ、ダメです! こんな高そうなもの……」
「じゃあ帰る時にお土産を買ってきてください」

 そう言われては萌音も断れない。困ったように頬を染めると、小さく頷いた。

「わかりました……店長にピッタリのものを探してきます」
「楽しみにしています」

 店長の私物をもらえたこと、そしてお土産という約束で繋がれたことがこんなにも嬉しくて仕方ない。

 憧れに近いこの気持ちの正体。でもあえて名前をつけない。だって私には婚約者がいるから。私は婚約者と結婚するために、恋はしないと決めたんだもの。

 だけどブローチのお礼にお土産を買うのは別のこと。店長には何が似合うのかしら……萌音の中でまた新しい目標が出来た。

* * * *

 大学の卒業式の翌日、池上の家では大騒動が起きていた。

「ど、どういうことだ⁈ 萌音はどこに行った⁈ 結婚式は明日だぞ⁈」

 空っぽになった部屋に入り、両親が混乱した様子で叫んでいる。その時、母が机に置かれた手紙を見つけて父の元へ走ってきた。

「あなた……これ……」

 父親は急いでピンクの封筒を開封し、中から便箋を取り出す。

『パパ、ママへ
 私はやりたいことがあるので、結婚はまだしません。もう少し自由でいさせてね。では私、フランスでドレスの勉強をして参ります! 萌音』

 父親の手がワナワナと震え、顔が青ざめていく。手紙をグシャリと握り潰し、床に叩きつける。

「萌音の奴、気付いていたのか⁈」
「わ、わからないわよ!」

 萌音に黙ったまま結婚式の準備を進めていた両親は、へたへたと床に座り込む。そして天井を仰いだと思ったら、
「も、萌音〜! 帰って来〜い!」
と大声で叫んだのだ。

 しかしその叫びは萌音に届くことはなく、虚しく消えていった。
< 19 / 130 >

この作品をシェア

pagetop