Macaron Marriage
「実はもう店長はここにはいないんです」

 突然の言葉に、萌音は一瞬呼吸を忘れた。岡田は申し訳なさそうに微笑む。

「そ、そうですよね……そんな気はしていたんです」

 落胆を隠せず泣きそうになる。

「店長は、今はこの店のオーナーなんです。ほとんどここに来ることはなくて、今は別の事業に取り掛かってまして……」
「……ということは、連絡は取れるんですか?」
「もちろん。今から連絡しましょうか?」
「い、いえ! いきなりだったし、今日は大丈夫です!」
「……では、あなたがご来店されたことをお伝えしておきますね」
「はい……お願いします」

 胸が熱くなる。まだちゃんと店長との糸が繋がっていただなんて……。頬が緩んでしまった。

 でも私はお客の中の一人にすぎないし、店長が覚えているかわからない。落胆しかけた気を紛らわせようと、目の前のメニュー表を見た萌音は感嘆の声を漏らす。

「すごい。前はこんなにランチメニューなかったですよね」
「あぁ、そうなんです。オーナーが手を出している事業の一つに農業があるんです。そこの朝採れ野菜を使わせていただいているので、新鮮で美味しいですよ」
「えっ、店長、農業やられてるんですか?」
「農業《《も》》やってます。アクティブな人なので、いろいろやりたいことがあるみたいですよ」
「へぇ……」

 あれから四年が経って、私自身も前に進んだと思っていたけど、店長はもっと先まで進んでいたんだ。

「すごい方ですね」
「えぇ、あれで私より年下だなんて信じられませんよ」
「えっ、店長……じゃなくて、オーナーはおいくつなんですか?」
「今年二十九才になるはずですよ」

 年齢を聞いた途端、萌音は呆然として開いた口が塞がらなくなる。もっと年上だと思ってた……たった三才しか違わないなんて……。

「オーナー、お元気ですか?」
「ええ、いつも飛び回ってますよ。それに……時々あなたのことも話していました」
「私のこと……?」
「『お土産が楽しみだ』が口癖でしたから。会えるといいですね。また是非お店にもいらしてください」

 約束を覚えていてくれた……それだけで萌音は幸せだった。

「はい、ありがとうございます」

 まだ希望を持とう。きっとまだお土産を渡すチャンスはあるはず。だって私と彼の糸はちゃんと繋がっているんだから……。

 その一方で自分に言い聞かせる。これは恋じゃない、恋じゃない、ただの憧れ。恋はしないと決めたんだから、浮かれるのはおかしい。
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