Macaron Marriage
「私たちの前にお二人が現れた時、実はちょっと直感みたいなものがビビってきたんです。だってずっと手を繋いでるし、由利さんが池上さんを見つめる瞳はすごく優しかったから」
「あの……?」
「叶わなかった恋心って、やっぱり引きずると思うんです。何も言わずに終わってしまったものは特に。あの時に気持ちを伝えていれば何か変わっていたのかなって後悔したりね。どうせ別れなきゃいけないのなら恋なんかしないって逃げるのは楽だけど、好きな人が自分を好きって言ってくれることって、すごく確率の低い奇跡だって思うんです。そんな愛情を自分から拒絶するなんて……私だったら(わず)かな奇跡を大切にしたい」

 紗世のまっすぐな瞳が萌音をしっかり捉えて離そうとはしない。だからこそ萌音も視線を外すことが出来なかった。

「……でも翔さんが私をどう思っているかなんてわからないし……」
「じゃあもし好きって言ってくれたら、ちゃんと彼の胸に飛び込めますか?」
「それは……」

 彼が私の隣にいることを想像をしたことはある。だけど彼が私を好きだなんて、そんな確信のないことは考えたこともなかった。だって……絶対に有り得ない。私が勝手に好意を寄せているだけで、彼の優しさは全ての人に向けられものと同じ。それはカフェに通っていた時から感じていた。

「池上さん、まだ結婚したわけじゃないですよね。だったらそれまでは自由じゃないですか。たった八ヶ月だって、本気の恋は出来ますよ」
「本気……?」
「まぁ付き合ってみて、合わなければ八ヶ月も保たないと思いますしね」

 紗世はドアノブに掛けていた手を離すと、にっこり笑いかける。

「じゃあ行きましょうか」
「あっ……はい……」

 そう促され、萌音はドアを開けた。

『たった八ヶ月だって、本気の恋は出来ますよ』

 その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。二人は廊下に出ると、萌音はそっと扉を閉めた。

「もしその日が来たら、自分の気持ちに正直になってくださいね」

 背後から聞こえた紗世の言葉に胸が苦しくなる。彼女がいうように、その日が来たら私の気持ちも変わるのだろうか……。
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