Macaron Marriage
「……私、親に決められた婚約者がいるんです。名前も顔も何も知らないけど、八ヶ月後にはその人と結婚しなきゃいけない……。それなのに恋なんて出来ないです」

 なかなか返事がないので顔を上げてみると、紗世は目を見開いたまま、呆然とした様子で萌音を見つめている。

「……あっ、ごめんなさい。そんな漫画みたいな話、現実にあるんですね」

 漫画みたい……確かに今時そんな話聞かないよね……そう思いながら苦笑いをする。

「でも婚約って、結納とかをしたわけじゃないでしょ? ただの口約束なら断れたりしないのかしら?」
「父の仕事の関わりらしいので、さすがに私の意思ではどうにもならないんです。じゃあ先程の部屋に戻りましょうか」

 そう声をかけた時だった。紗世の目が棚に並べられたレース生地に向かうと、突然瞳を輝かせたのだ。

「このレースって……」

 棚に近寄った紗世は、流れるような星がいくつも刺繍されたレースをじっと見つめ、それから萌音の方に向き直る。

「あの……このレースもドレスに使えたりしますか?」
「えぇ、もちろん。気に入られましたか?」
「実は……私たちが急接近したのが大学の合宿の日で、すごく星がキレイな夜だったんです。だからもしドレスを作るなら、星空みたいなドレスがいいなってずっと思っていて……」
「星空みたいなドレス……素敵ですね! そのイメージで考えていきましょうか」
「本当ですか? 嬉しい……! ありがとうございます!」

 紗世の笑顔を見て、萌音の中にやる気が満ち溢れていく。絶対に彼女が喜ぶドレスを作ろうと心に誓った。

 ドアノブに手をかけて廊下に出ようとした途端、突然背後から手を伸ばしてきた紗世に止められてしまう。

「上野さん?」

 振り返ると、紗世は萌音を見上げていた。
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