片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 近年、熱傷等を原因とする肥厚性瘢痕やケロイドへの治療はかなり進歩し、様々な治療を組み合わせることで完治できる病態も増えた。それでも、緋真の背中が完璧に元通りというわけにはいかない。事故から時間が経っているのはもちろんのこと、それくらい広範囲に事故の爪痕が残されているのだ。
 
 本人に頼まれたわけでもないのに、可能な治療法について熟考していると、入口の扉が開く。視線を向けると、予想外の人物に咄嗟に姿勢を正した。

「やあ、神花先生。お疲れ様。よかった、まだ発っていなくて」
「院長、お疲れ様です。……どうかされましたか?」

 こんな時間にわざわざ医局に顔を出すなんて。雰囲気から察するに、自分に用があったことはすぐにわかった。

「娘のことでね。最近神花先生に迷惑かけてないかい?」
「迷惑、と言いますと……」

 先日、彼女にきつい物言いをしたことを思い出し、身構える。

「最近家でも上の空というか、様子がおかしくてねぇ。仕事でもミスしてないか心配してたんだよ。本人と話そうにも時間が取れなくて」
「そう、ですか。業務上は特別問題ありませんよ。よくやってくれてます」

 言い切ったあとに、敢えて“業務上”を付けたことを後悔する。
 しかし白鷹院長は言及することもなく、安堵したようだった。

「いやぁ、恥ずかしながら娘はだいぶ甘やかしてしまったからね。うちで働かせるときは心配したんだが、迷惑をかけていないならいいんだ。体調もここしばらくは安定しているみたいだし」

 白鷹院長には、息子が二人。その下に年の離れた娘の白鷹さんが一人と聞いている。紅一点に加え病弱となれば、彼女が人一倍可愛がられて育てられたことは容易に想像できるし、彼女自身の性格からも感じていた。

「ただ、何かあったら遠慮なく叱ってくれて構わないよ。神花先生には不思議と懐いてるようだから、君の言うことならちゃんと聞くだろう」
「……承知しました」

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