片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
不安も抱きしめて




 見慣れない照明に照らされた、血色の悪い腕を見つめると、小さなため息が漏れる。

 智美さんが持っていたのはおそらく硫酸で、間一髪のところで全身に浴びるのを防ぐことができた。しかしながら智美さんは片腕に硫酸を浴びてしまい、応急処置のあと病院へ。幸い私にはかからなかったものの、気付かないで放置すると危険な薬品であることもあり、念のためと病院を訪れていた。

 まさか伊織さんの勤め先に、こんな形でお世話になるなんて……。

 今日あった一連の出来事に、まだ気持ちが落ち着かない。処置室で一人時間を持て余していると、ノックと共に扉が開いた。
 入って来たのは伊織さんで、その表情はどこか疲れている。

「ごめん、待たせて。大丈夫?」
「ううん、私は大丈夫。智美さんは?」
「ああ、軽い化学熱傷で済んだよ。しばらくは痕が残ると思うけど、問題ない。治療は他の先生に任せてある」
「そっか……よかった」
「それで――」

 伊織さんの呟きと共に、扉の向こうからもう一人の気配を感じる。視線を向けると、見覚えのある人物が立っていた。

「え……院長先生……?」
「すまないね、突然来て。結婚式以来かな」

 突然現れた白鷹院長の姿に慌てて姿勢を正す。彼は処置室に入るなり、深く頭を下げた。
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