モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

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 一方グレゴールは、真剣に頷いている。
「ふむ。ステップは完璧だな。なかなか良いぞ」
「ありがとうございます」
「衣装はそろったし、ダンスもこなせるようになった。最近は、あの妙な首を傾ける仕草もしなくなったことだし、これなら安心して舞踏会デビューできそうだ」
「本当ですか!?」
 私は目を輝かせたが、グレゴールは表情を和らげることはしなかった。
「だからといって、じゃあ側妃に、というほど甘いものじゃないぞ。舞踏会は、スタート地点と心得ておけ」
「……ですよね」
 確かに、ライバルは大勢いることだろう。私は、改めて気を引き締めた。
「クリスティアン殿下のお心を射止めるには、豊かな知性と教養が必要だ。この国については、家庭教師から学んだことだろうが、お前が詳しい専門分野があればなお良いな」
 優雅にステップを踏みながら、グレゴールが言う。
「以前の世界で得意だったことはないのか?」
「無いですね……」
 誇れるほどの特技なんて無かった。グレゴールが、形の良い眉を吊り上げる。呆れた様子だ。
「即答か?」
「だって、思いつかないんですもん」
「まったく……。ああそうだ、数字に強いのではなかったか? 家庭教師に聞いたぞ」
 ふと思い出したように、グレゴールが言う。そういえば、と私は思った。
「学生時代、経済の勉強をしていましたから」
 女子と付き合うのは苦手だから、就職は男性比率の多いIT企業にと、ずっと考えていた。とはいえ、SEになれるほどのスキルは無い。
 そこで、事務系で潜り込もうという発想から、経理を専攻したのである。実際は、受付に配属されたのだが。容姿が評価されたのだろう。
「ほう、経済学の心得があると?」
 グレゴールは、興味深そうに目を輝かせた。
「素晴らしいではないか。経済は、国の基本であるからな。特に、ロスキラとの同盟成立後は、様々な貿易交渉を進めていかねばならない。ハルカの意見も、是非聞いてみたいものだ」
 はい、と私は頷いた。
「私でよろしければ、お役に立ちたいです。グレゴール様の貿易交渉のお話は、いつも興味深く聞いているので」
「そうだったのか?」
 グレゴールが、意外そうな顔をする。少し迷った後、私は思い切って言ってみた。
「特に印象に残ったのは、半年前の石炭輸入の一件です。あれほどの好条件で契約締結されたのは、素晴らしいと思いました」
 それは、心からの賛辞だった。グレゴールは、一瞬黙った後、微笑んだ。
「そうか。ありがとう」
 言葉は短かったが、彼の表情は、今まで見た中で一番優しかった。その微笑は、私の脳裏に焼き付いて、なかなか離れなかったのだった。

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