モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!
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「あ、はい! 行けます。じゃあメルセデス様、また後で」
私は、籠を二つ抱えると、厨房を出た。
「グレゴール様の分は、厨房に残してありますよ。紅生姜入りです」
「ありがとう。楽しみだ」
グレゴールが、短く答える。最近の彼は、とみに寡黙になった気がして、私は心配で仕方なかった。
(クリスティアン殿下は、順調に健康におなりだし、ご結婚の支度も調いつつある。何もかも、上手くいっているのでは……?)
忙しくて疲れているのだろう、と私は結論づけた。精の付く料理でも作ってあげたいところだが、料理人がそろっている以上、あまり出しゃばるのもためらわれた。
(生姜を使った飲み物でも、作って差し上げようか?)
メルセデスも、二日酔いに効いたと言っていたし、体に良いことは確かだ。それくらいなら、料理人の面子も潰さないだろう。帰ったら早速作ろう、と私は決意した。
屋敷を出て馬車に乗り込むと、グレゴールは気遣わしげに私を見た。
「傷の具合はどうだ?」
「もう完全に、治りましたよ。ほら、痕も残ってません」
ドレスの袖をまくって見せれば、グレゴールは慌てたように視線を逸らした。
「淑女を目指しているのだろう。むやみに、男に肌をさらすな」
「あっ、すみません」
自分が聞いてきたんじゃないか、とも思ったが、私はおとなしく袖を下ろした。
「……とはいえ」
ややあって、グレゴールはぽつりと言った。
「すまなかったな。元はと言えば、俺のためだったのだろう? そんな真似をしたのは」
ドキリとした。
「いえ、ええと……」
「あの取り巻き娘たちから、聞いた。お前が自傷行為に及んだのは、ハイネマン家の評判うんぬんという台詞を聞いた後だったとか。俺に迷惑をかけまいと思ったのだろう? お前は、そういう娘だ」
確かに私はあの時、自分よりもグレゴールのことを考えていた。私を側妃にしようという彼の努力、彼の名誉……。するとグレゴールは、意外な台詞を続けた。
「ま、それがカロリーネの真の狙いだったようだからな」
「どういうことです?」
私は、眉をひそめた。グレゴールを好きなはずのカロリーネが、あえて彼の名誉を貶めようというのだろうか。グレゴールは、吐き捨てるように言った。
「カロリーネの目的は、お前のスキャンダルをばらまくだけじゃない。それでお前の評判が下がれば、後見人たる俺は責任を問われる。それを救おうという腹だ。……もちろん、見返りを求めてな」
恩を売って、彼を手に入れようというのか。えげつなすぎる、と私はぞっとした。そして、情けなくあさましい。
「ふざけるな。自分にかかった火の粉くらい、自分で払える。……第一、あの女の言うなりになるなど、まっぴらごめんだ!」
グレゴールが、歯ぎしりする。その横顔には、ついぞ見たことの無い憎悪が浮かんでいた。勝手とわかってはいたが、私はどこかほっとするのを感じていた。
(グレゴール様は、これほどまでにカロリーネ様を嫌っている。それなのに、どうしてあんなに気を揉んだりしたのだろう……)
「……ああ、すまん。お前には、関係の無い話だったな」
グレゴールが、チラとこちらを見る。私は、返事に困った。
(関係無い、ことも無いのだけれど……)
迷っていると、グレゴールは再び視線を逸らした。
「まあ、カロリーネの件は、どうでもいい。お前はただ、側妃になることだけを考えろ」
「……」
窓の外を眺めながら、グレゴールはふと呟いた。
「あの芝居は、やはり夢物語だな。現実は、あの通りに行くまい」
そう言う彼の眼差しは、どこか寂しげだった。
私は、籠を二つ抱えると、厨房を出た。
「グレゴール様の分は、厨房に残してありますよ。紅生姜入りです」
「ありがとう。楽しみだ」
グレゴールが、短く答える。最近の彼は、とみに寡黙になった気がして、私は心配で仕方なかった。
(クリスティアン殿下は、順調に健康におなりだし、ご結婚の支度も調いつつある。何もかも、上手くいっているのでは……?)
忙しくて疲れているのだろう、と私は結論づけた。精の付く料理でも作ってあげたいところだが、料理人がそろっている以上、あまり出しゃばるのもためらわれた。
(生姜を使った飲み物でも、作って差し上げようか?)
メルセデスも、二日酔いに効いたと言っていたし、体に良いことは確かだ。それくらいなら、料理人の面子も潰さないだろう。帰ったら早速作ろう、と私は決意した。
屋敷を出て馬車に乗り込むと、グレゴールは気遣わしげに私を見た。
「傷の具合はどうだ?」
「もう完全に、治りましたよ。ほら、痕も残ってません」
ドレスの袖をまくって見せれば、グレゴールは慌てたように視線を逸らした。
「淑女を目指しているのだろう。むやみに、男に肌をさらすな」
「あっ、すみません」
自分が聞いてきたんじゃないか、とも思ったが、私はおとなしく袖を下ろした。
「……とはいえ」
ややあって、グレゴールはぽつりと言った。
「すまなかったな。元はと言えば、俺のためだったのだろう? そんな真似をしたのは」
ドキリとした。
「いえ、ええと……」
「あの取り巻き娘たちから、聞いた。お前が自傷行為に及んだのは、ハイネマン家の評判うんぬんという台詞を聞いた後だったとか。俺に迷惑をかけまいと思ったのだろう? お前は、そういう娘だ」
確かに私はあの時、自分よりもグレゴールのことを考えていた。私を側妃にしようという彼の努力、彼の名誉……。するとグレゴールは、意外な台詞を続けた。
「ま、それがカロリーネの真の狙いだったようだからな」
「どういうことです?」
私は、眉をひそめた。グレゴールを好きなはずのカロリーネが、あえて彼の名誉を貶めようというのだろうか。グレゴールは、吐き捨てるように言った。
「カロリーネの目的は、お前のスキャンダルをばらまくだけじゃない。それでお前の評判が下がれば、後見人たる俺は責任を問われる。それを救おうという腹だ。……もちろん、見返りを求めてな」
恩を売って、彼を手に入れようというのか。えげつなすぎる、と私はぞっとした。そして、情けなくあさましい。
「ふざけるな。自分にかかった火の粉くらい、自分で払える。……第一、あの女の言うなりになるなど、まっぴらごめんだ!」
グレゴールが、歯ぎしりする。その横顔には、ついぞ見たことの無い憎悪が浮かんでいた。勝手とわかってはいたが、私はどこかほっとするのを感じていた。
(グレゴール様は、これほどまでにカロリーネ様を嫌っている。それなのに、どうしてあんなに気を揉んだりしたのだろう……)
「……ああ、すまん。お前には、関係の無い話だったな」
グレゴールが、チラとこちらを見る。私は、返事に困った。
(関係無い、ことも無いのだけれど……)
迷っていると、グレゴールは再び視線を逸らした。
「まあ、カロリーネの件は、どうでもいい。お前はただ、側妃になることだけを考えろ」
「……」
窓の外を眺めながら、グレゴールはふと呟いた。
「あの芝居は、やはり夢物語だな。現実は、あの通りに行くまい」
そう言う彼の眼差しは、どこか寂しげだった。