モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

3

 離宮に到着すると、グレゴールは、自分は他に行く所があると言い出した。

「警備は厳重だから、お前一人でも危険は無いだろう。うちの馬車は置いて行くから、帰りたい時に屋敷へ帰れ」

 それだけ告げると、グレゴールは辻馬車を拾うと言って、そそくさと去って行った。ここへ留まってくれないのは寂しいが、忙しい彼に文句は言えない。私は、一人で榎本さんの部屋へと向かった。

「いらっしゃい。お、もしかして牛丼!?」

 榎本さんは、私が手にしている籠を見ると、目をらんらんと輝かせた。

 セシリアとウォルターも、すり寄って来る。まだおずおずとした手つきではあるが、私は彼らを軽く撫でてやった。セシリアは喉を鳴らし、ウォルターは尻尾をパタパタと振る。少しだけ、可愛い……気がしなくもない。

「今日は、あなた方にも持って来ましたよ?」

 言いながら私は、籠の一つを床に置いた。蓋を開けると、榎本さんは目を丸くした。

「え、すごい。これ全部、北山さんのお手製?」

 入っているのは、ウォルター用のチキンのパテ、セシリア用の魚のパテ、そして両方のための苺ジャムである。

「うん。前に、約束したから……。あ、普通の犬や猫と同じ食べ物にしてみたけど。よかったのかなあ?」

 以前、動物好きの人から、飼っているペットの餌について聞いたことがある。その記憶を辿って、作ってみたのだ。

「それは、全然OK。よーし、ウォルター、セシリア、今日はご馳走だよん」

 榎本さんが、パテを二匹に与える。内心ドキドキしていたが、ウォルターもセシリアも、勢い良く飛び付いてくれた。あっという間に、たいらげていく。そして、何やら榎本さんに囁いた。

「よかったあ、すごく美味しいって。ありがとね、北山さん!」

 私は、ほっと胸を撫で下ろした。

「どういたしまして。じゃあ、また作って来るね」

 何だか、聖獣たちとも距離が縮まっているようで、嬉しい。榎本さんは、機嫌良くソファに腰かけた。 

「じゃあ、お次は人間の番。さ、牛丼食べよ!」

 促され、私も榎本さんと応接セットに向かい合って腰かけた。サンドイッチを頬張りながら、榎本さんが言う。

「マルガレータ王女様、ロスキラを発たれたんだって」

「そうなんだ、いよいよだね」

 そして私も、と私は緊張するのを感じた。いくら何でも、正妃を迎えた直後に側妃を、なんてことはないだろうけど。

(いつ頃のタイミングになるのかなあ……)

 榎本さんが、しみじみと呟く。

「私も、お役目果たした! って感じだよ。殿下がお元気になってくださって、本当に良かった」

「うん。榎本さん、お疲れ様」

 具体的に彼女が聖女としてどんな治療を行ったのかは、知らない。聞いてはいけないことのような気がしたからだ。こちらだって側妃計画を内緒にしているのだから、それが公平というものだろう。

「ありがと」

 大きく頷いた後、榎本さんは名残惜しそうにサンドイッチを見つめた。そして、妙なことを言い出すではないか。

「北山さんのこの牛丼サンドとも、もうお別れだと思うと、寂しいなあ」

 え、と私は耳を疑った。榎本さんが、ハッとしたような顔をする。

「えっと、今のは、深い意味は無くて……」

 榎本さんは、珍しくうろたえている。私は、ピンときた。

「もしかして榎本さん、日本へ帰るの!?」

 最初に会った際のグレゴールの言葉が、蘇る。

 ――異世界から召喚した者を元の世界へ返す手段は、見つかっていない……。

まさか、と私は思った。グレゴールが、そんな卑怯な嘘をつくわけが無いではないか。だが、それなら榎本さんのこの動揺は何だ。ややあって、彼女はぽつりと言った。

「クリスティアン殿下が無事にご結婚されたら、私は日本へ帰してもらうんだ。ま、元々ご病気を治すのが目的だったから。お元気になられたら、私が留まる必要は無いわけだし……」

「それ、もしかしてグレゴール様に口止めされてた?」

 じっと目を見つめれば、榎本さんは観念したように頷いた。

「ごめん……。唯一の、元の世界の友人がいなくなると知ったら、ハルカが寂しがるだろうからって。だから、帰る間際まで内緒に、と……」

 それは嘘だ、と私は唇を噛んだ。グレゴールは、私の退路を断ちたかったのだ。側妃以外の道を、選ばせないように。

(騙されてた? ずっと……?) 

「で、でも北山さん、自分の意志でこの世界に留まってるんだよね? 満喫してるっぽいし……。え、もしかして違ったの?」

 榎本さんが、オロオロする。私は、ぽつりと言った。

「日本へは帰れない、そう聞いてた」

 榎本さんは、驚愕の眼差しを浮かべた。

「何それ……。あ、もしかしたら、聖女と巻き込まれた人じゃ違うのかな? だとしたら、本当ごめん。私のせいで……」

「ううん、榎本さんが責任感じること無いって」

私は、静かにかぶりを振ると、立ち上がった。

「でも今日は、もう帰るね」
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