モテ基準真逆の異世界に来ました~あざと可愛さは通用しないらしいので、イケメン宰相様と恋のレッスンに励みます!

2

翌日の朝早く、グレゴールと私は馬車で出発した。広大な領内を一通り回るため、かなり大がかりな旅になる。ハイジら使用人たちも、付き添ってくれた。

「急で悪かったな。今回を逃すと、当面休暇が取れなさそうだったのだ」

 グレゴールは、すまなさそうに言った。

「私なら、平気ですよ。領地を見て回るの、楽しみです」

 するとグレゴールは、意外なことを言い出した。

「今回は、単に案内するだけではない。お前には、領内をしっかり観察して、それぞれの地域の実情を把握して欲しいんだ。いずれは、管理の一部を任せようと思っている」

 私は、思わず目を見張った。グレゴールは、真剣な表情で語っている。

「この度、俺は役職が増えた。領内のことは、ほぼヘルマンに任せきりになってしまうだろう。とはいえ、彼には屋敷の管理業務もある。だからお前に、協力して欲しいんだ」

「もちろんです、私にできることなら」

 私は、力強く頷いた。

「できるさ。お前は経済の知識があると言っていたし、何より先日は、生姜を使った新メニューを考案しただろう。我が領内では、生姜の栽培が盛んだから、他領へ売り込むいいきっかけになる。その調子で、他にもメニューを紹介して欲しい」

 何と、と私は驚いた。

「偶然ですね! 実は私も、同じことを考えていたのです」

 私は、持参した荷物から、数冊のノートを取り出した。昨日、旅支度の前に、急遽こしらえたものだ。

「これら、全て生姜を使ったメニューなんです。以前の世界で、よく食べられていた料理なんですが」

 今度は、グレゴールが目を剥く番だった。

「すでにか!? お前は、やはりすごいな」

 グレゴールは、ノートに熱心に目を通し始めた。以前伝授した、紅生姜天と生姜湯の他、スープやサラダ、魚の生姜煮などの作り方が書いてある。

「生姜って、魚にも結構合うんですよね。この前過ごした場所は、内陸部でしたけれど、海沿いの地域なら魚も手に入るだろうと思って」

 私は、補足した。

「本当は、他にも色々なバリエーションがあるんですけどね。この国で手に入る食材を使うとなると、限られてしまって。特に、お肉が貴重品というのが、致命的ですね。領民の皆さんに、牛丼を食べさせてあげたいのですけど……」

あの後、クリスティアン及びグレゴールの尽力により、ロスキラからは米の輸入が始まった。おかげで、サンドイッチではなく、牛『丼』が実現できたのである。とはいえ、口にできるのはまだ、王族はじめ一部の特権階級のみだ。

「あっ、でも豚肉の方が入手しやすいと聞いたので、豚の生姜焼きというメニューを書きました。生姜、豚肉にも合うんですよ。豚丼というのも人気で……」

 言葉の途中で、私はグレゴールに、ぐいと抱き寄せられた。私の髪を優しく撫でながら、彼がしみじみと呟く。

「以心伝心……と言おうと思ったが。そうではないな。お前は、心から領内のことを考えてくれている。俺は、最高の妻を娶った」

 グレゴールの言葉が、胸にしみる。私は、うっとりと瞳を閉じた。

(このムードは……)

 だが、キスを期待していた私の妄想は、妙に冷静な彼の言葉でぶち壊された。

「確かに、肉の平民への普及は、今後の課題だな。米も、もう少し安く輸入できるようにせねばならん。その辺りの交渉は……」

 完全にビジネスモードに突入してしまったグレゴールの顔を、私は恨めしく見上げた。

(いや、彼は国を担っているのよ? 重要課題に取り組んでらっしゃるのに、不満を言うべきではないけれど……)

 ここで怒ったら、『仕事と私とどっちが大事なの?』と言う、うざい女みたいになってしまう。とはいっても、期待していただけに、落胆は激しくて。思わずしゅんとすれば、グレゴールはそれに気付いたようだった。

「どうかしたのか?」

「……いえ、何でも」

「おい、言いたいことがあるならはっきり言え」

 グレゴールが、眉を吊り上げる。私は、カチンときた。

(何で私が怒られてるわけ……?)

「グレゴール様」

 私は、肩を抱いていた彼の腕を外すと、その漆黒の瞳を見すえた。

「お仕事の話と、イチャイチャを分けてはいただけませんか?」

「分ける?」

 グレゴールは、きょとんとした。

「だからっ。てっきり、ラブなモードになったかと、こっちは思うじゃないですか。それなのに、またお仕事の話題に戻るなんて……」

 ごにょごにょと説明すれば、ようやくグレゴールは私の意図を察したようだった。

「ああ、キスが欲しかったのか?」

「だっ……、口に出して言わないでくださいよっ」

 真っ赤になって怒鳴れば、グレゴールはさすがにバツが悪そうな顔をした。

「すまない。俺はどうも、その、鈍感な所があってな」

「でしょうね……」

 私は、嘆息した。

「なるべく気を付けるが、ハルカの方も、思っていることはハッキリ言って欲しい。お前の素直なところが、俺は好きなんだ」

 私は、こくんと頷いた。『好き』というたった一つのフレーズが、呆れるほど嬉しい。グレゴールが鈍感なら、私は単純と言うべきだろう。

 グレゴールが、私の顎を捕らえ、軽く唇を重ねる。だが、歓喜したのは一瞬で、彼はあっさりと唇を離してしまった。

(馬車内で二人きりなんだから、そんなに簡単に済ませなくても……)

 ちょっぴり残念に思っていると、グレゴールは小さく呟いた。

「最寄りの領地までは、まだまだ時間がかかるんだ」

「……はい?」

「それまでの間、我慢できなくなったら、どうしてくれる」

 早口でそう告げると、グレゴールはさっさと前を向き直ったのだった。 
< 97 / 104 >

この作品をシェア

pagetop