もう嫌い! その顔、その声、その仕草。
 この浴衣は今現在の勤め先である小間物屋の店長が、仕入先から頂いたという単衣もの。黒と白の二等辺三角形の中に規則的に置かれる赤が印象的なオシャレな浴衣だった。

聚楽(じゅらく)──Juraku──』という最近若者に人気のブランドのデザインらしく、着るものを選ばないその自由さが気に入った一番の理由だが、何よりも受け取ることを拒まなかったのは、それなりに値の張る着物が一銭も払わずに着られる⋯⋯ということ。自身の腹黒さに罪悪感を抱えつつ、タダより高いものはないと有難く頂いた次第だ

「まさか、こんなにも暑いとは思わなくて」

「もう夏だからね。そりゃあ暑いに決まってるでしょ」

「いつもエアコンがガンガンに効いた室内にいるからかな? 外の気温なめてたわ」

 言いながらやっと引っ込んだ汗にハンカチをしまう。こんな暑い中、何で浴衣なんだと問うてくる碧子に、自分も着たくて着たわけではないと説明。

「この間からうちの店のお隣の呉服屋さんが展示会してて、そこにうちも出店させてもらってるんだけど、そのお手伝い
で来てるだけ。まぁ、今日が最終日なんだけどね」

「あんたも大変ね。三十過ぎての再就職も大変なのに、あんたの場合、実質的には『職人』に転職だもん。本当、尊敬するわ」

「碧子だって人のこと言えないでしょ? 三十路過ぎての再就職。何より、あんた同い年じゃない」
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