秋恋 〜愛し君へ〜
俺は樹に目をやった。俺の気持ちなど知る由もない樹は、目の前に置かれた並盛の牛丼をおいしそうに食べている。そして時折俺の顔を見て微笑んだ。何の屈託もない笑顔、俺のために向けられた笑顔。俺はこの時初めて知った。自分がとんでもなく嫉妬深い人間だと言うことを。

俺たちは店を出た。俺の気持ちは不安のままだ。

「美味しかったぁ、ごちそうさまでした」

「どういたしまして」

俺はぺこっと頭を下げた。

「今からどうする?明日オフだし、秋ちゃんもでしょ」

「そうだよ。今から行っていい?樹ん家、泊まりで」

「どうしようかなぁ」

「まっ、ダメだって言っても行くけどな」

「じゃあ一緒に帰ろ、秋ちゃん」

そのまま2人で電車に乗って、近くのコンビニでビールを買い、アパートに帰った。相変わらずいい香りだ。

「秋ちゃんお風呂は?」

「入る。でも俺着替えない」

「そうねぇ」

「な〜んて、さっきコンビニでパンツも買った。抜かりねーだろ俺。今度からは置いとかねーとな、持ってこよっと」

俺は何の反応も示さない樹の顔を見た。なんだか浮かない顔をしている。

「どうした?俺って図々しいかな」

「違うよ。そうじゃないの。秋ちゃんあのね」

「ん?」

「私、引っ越そうと思うの」

「引っ越し?」

「うん」

「もしかして、この部屋俺に荒らされたくない?笠原さんとの思い出がいっぱいあるだろうしさ」

俺の不安がこんな最悪な言葉となって吐き出されてしまった。
樹は眉をひそめた。

「どうして…私、そんなこと全然思ってないのに…秋ちゃんどうして…」

本当に心ない言葉だったと思う。7年という二人の時間に嫉妬し、そして笠原さんという大きな存在を越えられない自分に苛立っていたから、ついこんな嫌味を言ってしまった。

「私は、ただ秋ちゃんと一緒にスタートしたかっただけなのに」

樹の悲しげな顔を見て、自分の愚かさにつくづく嫌気がさした。

「ごめん」

「もうこんな意地悪言わないで」

「わかった。言わない。ホントごめんな」

俺はそっと抱きしめた。

「明日、部屋探しに行こう。一緒に行こう」

「うん!」

樹は微笑んだ。

「樹はどこら辺がいい?」

「んーっ、登戸かな」

「小田急沿線気に入ってんの?」

「うん。急行止まるし、それに、秋ちゃんもそのまま実家に帰れるでしょ」

「俺の事は別にいいけどさぁ」

「部屋ももうちょっと広い方がいいかな」

「わかった。気合入れて探すぞ!」
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