秋恋 〜愛し君へ〜
午後7時前、親父さんと広樹さんが帰ってきた。俺は玄関で2人を迎えた。

「長谷川です。お邪魔しています」

とうとうお目にかかる樹の親父さんだ。
さっきアルバムを見た時に思ったことなのだが、写真には親父さんらしき人物が全く写っていなかった。写真嫌いなザ昭和な頑固親父なのではないのかと…
なので俺は、緊張のあまり親父さんの顔をちゃんと見ることができずに頭を下げた。

「よう来たね、いらっしゃい」

親父さんが俺の肩を軽く叩いた。俺は思い切って顔を上げた。

「……」

親父さんを目の当たりにした瞬間、俺は言葉に詰まってしまった。

「どうかしたかね?」

「い、いいえ、はじめまして、よろしくお願いします」

「そんな堅苦しい挨拶はナシナシ!お母さん飯」

「秋くんどうした?」と広樹さんがニヤニヤしながら訊いてきた。

「い、いいえ、別に…… あっ、送ってもらってありがとうございました」

「いいよ、そんな事。それより」

彼は俺の耳元に顔を近づけ

「親父、親父にびっくりしたんだろ。あまりにも似てねーから」

「えっ!」

俺は驚いた。見事に図星だったからだ。なぜなら、この二人の兄妹に、あの親父さんのDNAは本当に組み込まれているのだろうか?そう疑わざるを得ないほど、かなり、全く、本当に、スペシャル似ていないからだ。こんなことを言うと、二度と岩切家の敷居をまたがせてもらえなくなるのだろうが、小太りで目も一重瞼、例えて言うなら……そう、アニメのパタリロそのものだ。樹とお袋さんがあの顔で、と顔見合わせて笑っていたのも納得だ。この親父さんにとってこの兄妹は最高傑作なのだろう。

ダイニングテーブルの上には懐かしい料理が並んでいた。俺が初めて樹に作ってもらったハンバーグだった。口に含んだその時、懐かしさが胸を張り割いて、一気に飛び出てきそうな感情にとらわれた。それはあの日、あの時、口にしたものと全く同じだったからだ。

「このハンバーグ、お母さんの味だったんですね。樹さんと同じ味だ」

おふくろさんは箸を置き、懐かしそうな様子で語った。

「うちの子たちはなぜか豆腐は苦手でね。どうやったら食べるか考えたとよ。そしてハンバーグに混ぜてみようと思ったと。そしたら二人ともペロって食べてしまったと。それ以来、我が家のハンバーグはずっと豆腐入りよ。樹もちゃんと作っちよったとやね」

「樹さんは、仕事でどんなに疲れていてもちゃんと作ってくれました。何度も外に食べに行こうって言ったんですけど、首を縦には振ってくれなかった。苦手な魚を食べられるように、いろんな工夫をして食べさせてくれた。お母さんが樹さんにしてあげていたように、樹さんは僕にしてくれた」

俺は自分でも気づかない間に床に正座をしていた。そして無意識にとってしまった行動に流されるように俺は言った。

「樹さんと結婚させてください」

誰も何も言ってくれない。壁にかかっている時計の秒針音が段々と大きくなっていく。

「長谷川くん、ありがとう」

親父さんが口を開いた

「君の気持ちは本当に嬉しい。ありがたいよ。じゃけん結婚はさせられん」

「何故ですか?」

「長谷川くん、樹は私らにとって大切な娘だ。子を想う親として言わせてもらいたいんやが、樹に残された時間はあとわずか。これからもっともっと身体の自由がきかなくなる。君への負担は想像以上に大きくなるやろう。わかってもらえんやろうか。君の重荷になる樹の気持ちを」

『人の親になればわかる』親父の言った意味が胸を突き刺した。

「僕は、樹さんと出会う前の僕は……正直こんな時に言うべきではないかもしれません。でも言わせてください。樹さんと出会う前の僕は、世間一般に言われている落ちこぼれでした。何でもかんでも人のせいにして、何をするにも中途半端。喧嘩を売られればすぐ殴り合い、挙句の果てに補導され、出席日数もギリギリで高校もやっと卒業した。就職したけど長続きなんかしない。きっとすぐに辞めてしまうだろう。そう思っていました。
そんな時樹さんに出会ったんです。僕の一目惚れでした。でも樹さんは、僕なんかが手を伸ばしても届かない遠い場所にいた。プロのホテルマンとして颯爽と仕事をこなしていたんです。僕はその時強く思いました。彼女と同じ位置でいろんなものを見てみたい。彼女のいるポジションまで早く昇っていきたいって。樹さんは僕の原動力だったんです。それは今も変わりません。僕はずっと樹さんに支えられてきた、守られてきた。本当は逆でなきゃいけないのに。樹さんを支え、守れる男になる。それが僕の目標であり夢でした。お願いです。どうか僕の夢を叶えさせてくれませんか。お願いします」

俺は渾身の意を込めて頭を下げた。下げ続けた。許してもらうまで決して上げまいと心に誓って。
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