秋恋 〜愛し君へ〜

空へ

10月7日 
雲一つない青空の下、病院から一番近く、海が一面に見渡せる式場で、俺たちは結婚式を挙げた。式には俺たちの家族と、陽子さん、それから勇次が出席してくれた。俺の帰国後すぐに、勇次も研修を終え帰国した。そして勇次も自分なりに筋を通したようで、なんと姉貴の薬指にはエンゲージリングが輝いていたのだ。

「お前、いつの間に?」 

俺は勇次の背後からそっと訊いてみた。

「な、なんやねん!いきなりぃ」

「あれ」

俺は姉貴の薬指を指差した。

「秋くん、君は俺の弟になるんやでぇ。これからはお兄様と呼びなさい」

勇次は咳払いをし、得意げに言った。

「アホか」

「ア、アホやてぇ、お兄様に向こうてどないな口の利き方しとんねん!」

俺たちは馬鹿みたいにふざけ合っていた。
式の時間が近づき移動しようとしたその時、勇次が俺に言った。

「秋、お前、ホンマによかったなぁ。俺らの人生捨てたもんやあらへんちゅうこっちゃ」

「そうだな」俺は言葉にできずに、ただ一度だけ頷いた。


俺は式が始まるまで、樹のドレス姿は見ないようにしていた。感極まって涙なんか流した日にゃ、勇次に後々まで何を言われるかわからない。というのは口実で、本当は樹に涙を見せたくなかった。甘えろと言っといて、大泣きしてしまったら樹が不安になってしまう、そう思ったからだ。

親父さんにリードされ、一歩ずつ一歩ずつゆっくりと俺に向かって歩いてくる。純白のウェディングドレスを身に纏った樹は、まるで美しい妖精のようだった。そのまま広大な樹林にいってしまうのではないかと、俺はとてつもない不安に襲われた。樹の手が俺の手に渡された時、俺はどこへもいってしまわないように樹の手をしっかりと握りしめた。その力に少々驚いたのか。樹は一瞬だが、心配げな面持ちで俺を見上げた。でもすぐに微笑み、俺の手を力強く握り返してきた。樹が「私はどこへも行かないよ」そう語りかけているように感じられた。ここまで来ても、やっぱり俺は樹に支えられ守られている。
俺はもう二度と樹を不安にさせない。そんな誓いも込めて、6号サイズのリングを樹の薬指にはめた。


式が終わり、俺と樹は市内のホテルに泊まった。
新婚初夜だ。
ベッドに入り、俺は樹の身体を俺の身体にぴったりと合わせ向かい合った。

「樹、平気か?疲れてないか?」

式は体調を考えてなるべく短時間で済ませたが、俺は心配でたまらなかった。

「大丈夫よ」

「そうか」

「うん、秋ちゃん」

「ん?」

「……」

「どうした?」

「目を瞑って」

俺は目を閉じた。樹は俺の唇にキスをした。とても優しいキスだった。そのやさしいキスは入れてしまった。俺の欲情のスイッチを。

俺は、樹に覆い被さった。樹は俺を見つめ、両手で俺の顔に触れた。そしてゆっくり瞳を閉じた。樹の身体は細くなってしまったけれど、美しさは全く変わらない。透けるような肌、上品な口からこぼれる吐息、俺の手にジャストサイズの胸、俺の背中をなぞる指、言い尽くせない樹の全てが俺の全てを満たしてくれた。
愛してる愛してる愛してる……
俺は樹に溺れていった。深く深く……
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