私の決意が弱いから、君は必死で支えようとする。

「ユリハには悪いことしたわ。本当に寂しい思いばかりさせて、悪いと思っているわ」

 久々にママとこうやってダイニングテーブルでご飯を食べているような気がする。学校から、帰ってきたら、すでに宅配されたピザがダイニングテーブルにおいてあった。

 私はチーズがたくさん乗っかったマルゲリータピザを頬張った。モッツァレラチーズとトマト、そして、バジルの香りが口いっぱいに広がっている。

「ママ。いいんだよ。謝らなくて。いつも働いてくれてありがとう」
「ユリハ、これはね、ずっと謝り続けないといけないことなの。私が全部悪いんだから。私への戒めでもあるのよ。ユリハはいい子すぎるから、私、たまに心配になっちゃうの」
 
 森谷ガールズ。ママは1ヶ月ぶりにまともな休みがとれたと言っている。ゴールデンウィークに放送される特番の収録ラッシュで、お母さんは毎日のように東京のスタジオへ行っていた。

 こうやって、仕事が忙しい時、ママは必ず謝ってきた。

「別にいい子じゃないよ。私」
「いつも、ユリハには寂しい思いさせているじゃないの」
「私、今年でもう18歳になるんだから、大丈夫だよ」
「なにってるのよ。あんた。いつもそうやって、何歳になったから、大丈夫って言うじゃないの。10歳から同じこと言ってるわよ」

 ママはそう言ったあと、ゲラゲラと笑った。私はフフと、弱く笑った。ママは手に持っていたピザを食べきり、ピザが入っている箱に手を伸ばし、新たなピザを手に取った。

 ママの低い声と抑揚をつけるように裏声が入る、オネェ特有の声色以外は、母として何一つ違和感がない。

「普段、家事だってこんなにやってもらって、十分すぎるくらいよ。いい子すぎるから、たまにものすごく心配になるのよ」
「ママはいつも大変なんだから、少しはするよ。それくらい」
「ねえ。ユリハ。今度、仕事が落ち着いたら、ゆっくり旅行にでも行こうか。ユリハが高校卒業する前に」
「そうだね。ありがとうママ」

 私はニッコリとした表情をすると、ママはいつものように安心そうな表情をした。

 ☆
 ワイヤレスαイヤホンを両耳にセットした。

 スマホの画面にはLILIAの画面が表示されている。ログインボタンをタップすると、脳波同期がされたメッセージも出てきた。

 そのあと、見慣れたネオン色したビル街が表示され、私のアバターが表示された。

 自分の肉体を動かすのと同じように、アバターに歩くように念じた。すると、アバターはすぐに歩き始めた。


『みなさん、こんばんは。今日もこまゆりLIVEラジオ聴いてくれてありがとう。このラジオは、陰キャJK、こまゆりが疲れを癒やすおすすめの曲を紹介しながら、みなさんの悩みに答えたり、こまゆりの身近なお話をする番組となっております』

 私はそう言い切ったあと、一息ついた。
 何話そうかな――。

「私は今日から、学校だったんだけど、やっぱり、憂鬱だよね。クラス替えがあって、自己紹介するのとか、超地獄じゃない? ふふ。さっそく、アンケート取っちゃおうかな。オープニングトークでするもんじゃないって声が聞こえてきそうだけど、まあ、いいや。あはははは」

 私は頭の中で、AIジョッキーにアンケート準備を依頼した。すると、画面の右上に『アンケート準備中』と表示された。

「じゃあ。アンケートいきます。自己紹介、地獄ですか?」

 すると、画面中央に『自己紹介、地獄? YES NO』と表示され、次々にYESとNOの欄の横グラフが右側に伸びていった。

 今日も同時接続人数は5万人超えてる――。

「やば。みんな地獄じゃん。あはは。やっぱり、嫌だよねぇ。自己紹介。ということで、YESが73.5%という衝撃的な結果がでたね。お前らみんな、陰キャだな。私もだけど。あははは。てかさ、あれって帰宅部の人、何話せばいいの? 部活やってる人はさ、名前のあと必ず、何部です。っていうよね? それで、そのあと趣味の話するけど、趣味とか言っても意味なくない?」

 オーディエンスの声がパラパラと聞こえてくる。

『意味なーい』
『確かに困る』
『趣味ってなにそれ? おいしいの?』

「あははは。なにそれ、おいしいの? ってこっちが聞きたいわ。あーあ。やっぱり、あんまり意味ないよね。だってさ、学校の自己紹介で言ったこと、話のネタにする? 私、したことないっていうか、友達いないから、学校では話さないか。あはは。それでね、私、今日の自己紹介で名前だけ言って、よろしくお願いしますって言って、すぐ終わらせたら、担任から『それだけ?』って言われたよ。それで、私、ムッとしちゃって、黙ったら、教室シーンとしちゃってさ、気まずいまま、次の人、自己紹介してたよ。やりづらかっただろうなって罪悪感をいだきながらお送りするのはこのナンバー。ELTでTime goes by」

 AIジョッキーはしっかりと、変な間もなく、曲をかけてくれた。ほんとうにLILISのRADIOSの機能はすごい。

 著作権問題もLILISは多額のお金をレコード会社に払って、クリアしているみたいで、自分の番組の中で、好きな曲を好きなだけ流すことができる。

 RADIOSはLILISのメタバースサービスの一部だけど、注目度が高くて、RADIOSで話題になった人は歌手デビューしたり、本を出版して著者デビューしたり、テレビに出演して、芸能界デビューしてる人もいる。

 AIジョッキーのおかげで自分の思い通りの音楽を流せるし、アンケートを取ったり、リスナーとのコミュニケーションも瞬時に簡単にできるから、すごいいい。

 そして、ラジオだから、他のメタバースのサービスみたいに、表情とか身振り手振りとかに気を使わなくていいのが、使いやすい。

 私はそこそこRADIOSで成功している。


 だけど、学校では上手くいかない――。

「ねえ、森谷に話しかけてきてよ」と一軍女子のセリエが取り巻きのセリエとミズキにそう大きな声で言っていた。

 セリエはいつもお団子ヘアをしていて、ぶりっ子、そして、こうやって性格が悪いから、クラス替えがあってまだ3日目なのに、すでに嫌いになりつつあった。そして、私が森谷ガールズの娘であることもセリエが中心になって、クラスに広めた。

「えー、やだー。だって不気味じゃん。私、刺されたらどうするの?」とセリエの取り巻きのナナミコがそう言ってはしゃいでいる。

「刺されたら、私が包丁、抜くから、まかせて」とミズキがそう言って笑っている。

「じゃあ、じゃんけんしよー」とセリエがそう言って、じゃんけんをしてきゃっきゃ言っている。

 朝から、なんでこんなに惨めな気持ちにならなくちゃいけないんだろう――。操作しているスマホの時計を見ると、朝のホームルームまであと3分もあった。

 LILISの昨日のライブのアナリティクスを見ていた。同時接続数は8万人で、放送が終わり、アーカイブで再生された回数はすでに10万回を超えていた。

 私はスマホのホームボタンを押してLILISを閉じた。そのあと、ゆっくりとため息をついたけど、気持ちはあまり変わらなかった。

「ねえ」と声をかけられて、振り向くとセリエが立っていた。私は無視して、前を向くことにした。

「ねえってば。無視しないでよ。森谷ガールズの娘。どうやって、あのガールズから生まれてきたの?」

 ――腹立つ。
 私は無視を決め込むことにした。

「ねえ、森谷ってば。あー、ダメだわ。無視決められてるわー。最低」とセリエがそう言うと、少し離れた場所で立っているナナミコとミズキがゲラゲラと笑っていた。

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