夫婦間不純ルール

 妙に寝苦しい夜、誰かの話声が聞こえた気がして寝返りを打ってもう一度寝直そうとした。遅くまで勉強をしていたのだから少しでも眠っておかなくてはならない。それなのに心がざわざわして、どんどん意識が覚醒していく。

「……なに?」

 話し声が聞こえてくるのは隣から、つまり岳紘(たけひろ)さんの寝室だ。彼が部屋で電話をすることは滅多になく、普段は私から隠れるように話している筈なのに。
 壁に近付いて耳を澄ませば、彼の話も聞けるかもしれない。そんな事をしても何にもならないと分かっているのに、いつの間にか私は足音を忍ばせ壁に耳をつけていた。

「……んで、こんな時間に? いや、電話が迷惑ってわけじゃないけれど。旦那さんが心配しないのかと思ってさ」

 旦那さん? いま彼は旦那さんが心配しないのかと聞いていた、つまり電話の相手は既婚者の女性ということなのだろうか。時計を確認すればもう二時を過ぎている、普通の主婦が電話をしてくるような時間じゃない。

「え? ……いや、それはどうだろう。(しずく)? 彼女はもう眠ってるけれど、それがどうかしたのか」

 私の名前、電話の相手は(わたし)の存在を知っている? ならば何故こんな時間に、わざわざ夫に電話をかけてくるの。ぞわぞわとした気持ちの悪い感触が背中を伝っていく。
 自分の存在をアピールしているのか、それとも……考えれば考えるほど吐き気がしてきて、このままお手洗いに駆け込もうかと思った時。

「……分かった、今から会いに行くよ。だからそこから動かないで待ってて」

 信じられないような言葉だった。でもその台詞の後すぐに岳紘さんは寝室を出ると、玄関の扉を開けてそのまま外へと出て行ってしまった。
 こんな深夜に、愛する女性に会いに行くために――


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