夫婦間不純ルール

 驚いた表情を隠さない久世(くぜ)さんと、さっそく名簿に名前の記入を始める男性医師。その様子を見て自分の決めた事が間違ってないかと不安にもなったが、逆にどこか解放された気分も味わっていた。
 勝手に私が岳紘(たけひろ)さんのためにと思って断っていたが、きっと彼はそんなこと気にも留めなかったはずだ。そう考えると、今まで私はただ自分で己の自由を無くしていただけなのかもしれない。

「本当に良いの? 来てくれたらもちろん嬉しいけれど、旦那さんは……」
「えー、いまさら無しとか嫌ですよ。なんだったら僕が旦那さんに話を」
「百パーセント面倒なことになるから、余計なことしちゃダメ! 変にこじれたらそれこそ大変なんだからね、夫婦ってのは」

 久世さんの言うことは本当にその通りだなと思う、一度拗れてしまえばどんどん夫婦としてやっていくのが難しくなっていく。少しずつ溝が深まり、そうして……今の私と岳紘さんのような関係になってしまうこともある。
 やいやいと言い合いをする久世さんと男性医師のやり取りを見ながら、こんな風に一度でも言いたいことを夫に言えたことがあったかとぼんやり考えていた。

「いいんです、たまには夫の事を考えない日……そういうのを作ってみようと思ったので」
「そうですよ、そうしましょう! さっそく店に予約人数を連絡しないと」

 そう言ってスマホを取りだし、院の裏口から出ていく男性医師。どこか子供っぽいその言動に久世さんと顔を見合わせて笑った。

「……大丈夫だと思うけど、無理はしないでね? おばさん、相談にのるくらいしか出来ないんだから」
「……いいえ、心強いです」

 そっと渡された小さなメモにスマホの番号、きっと久世さんは最近の私の様子を見て心配してくれているのだろう。その優しさが嬉しくて、何度も小さく頷いた。


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