異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

107 対面

馬車が到着する前に、すでに表にはたくさんの人々が立っていた。
皆、軽く頭を下げて俯いて待っている。
馬車が停まると、すかさず声がかかる。

「アドルファス様、トレヴァスでございます。よろしいでしょうか」

アドルファスを抱き締めていた私は、ぱっと彼から離れた。

「構わない」

アドルファスが返事をすると、ガチャリと外から大きく扉が開かれた。

お仕着せの燕尾服を着た壮年の男性が胸に片手を当てて、丁寧にお辞儀する。

「お久しぶりで御座います。ご到着、一同心待ちにしておりました」
「ああ、本当に久し振りだな」

さっと男性が体をずらすと、アドルファスが席から立って優雅な仕草で馬車から降りた。

「さあ、ユイナ」

アドルファスが差し出してくれた手に支えられ、私も席から立ち上がった。

馬車の入口から広いポーチにずらりと並ぶ人達の頭が見えた。
一瞬躊躇する私の腰にアドルファスが手を添えて、ふわりと地面に降ろしてくれた。

「トレヴァス、ユイナだ」
「ユイナ様、領地の筆頭執事をしております、トレヴァスと申します」
「ユイナです。宜しくお願いします」

彼と挨拶を交わすと、立ち並ぶ人々の中から、長いスカートに詰襟のブラウスを着た女性が前に進み出て来た。

「アドルファス様、ハンナマリナです。お久しぶりで御座います」
「ハンナマリナ、お前も変わらないな」
「ありがとうございます。若…旦那様もお変わりなく」

降りる直前、アドルファスはまた仮面を付けていた。

「ハンナマリナ、ユイナだ」
「ユイナです」
「このお屋敷のメイド頭をしております、ハンナマリナです。お見知りおきを」

長い髪を首の後ろで団子状に纏めたハンナマリナは、どこかレディ・シンクレアに雰囲気が似ている。

「さあ、お父上がお待ちです」

お父上、とトレヴァスは言った。それがそこに母親がいないことを安易に伝えている。

「大丈夫、まだこれから。それに、今回はお父様に会えれば目的は達成、でしょ?」

彼の手に触れきゅっと握る。

「そうだな」

さらりと彼の銀髪が流れる。

トレヴァスの後ろについて、アドルファスの父の待つ居間へと向かう。

「お館様、アドルファス様とユイナ様がお着きになりました」
「入れ」

その声でトレヴァスが扉を開けて、私達を促す。

アドルファスに付いて入ると、男性が部屋の中央に立ってこちらを見つめている。

面差しはアドルファスに似ている。長い銀髪を後ろでひとつに纏め、きっちりとスーツを着ている。

「どこかへお出かけですか?」

そうアドルファスが尋ねる。

「いや、息子の結婚相手に初めて会うのだから、きちんとしないとと思ってな」

ちらりと私の方に視線を向ける。
笑ってはいるが、緊張しているのがわかる。
彼も私と同じように緊張してくれているのがわかり、いくらか気楽になった。

「アドルファスの父のカーライル・レインズフォードです」

互いに歩み寄り、対面する。好きな人のお父様、この人がいたから彼が生まれたのだと思うと、感謝の気持ちが溢れてくる。

「ユイナ…ムコサキです」

この世界の人達には発音が難しい私の家名。でもきちんとフルネームで挨拶しないといけない。
何事も始めが肝心だ。

「ムオ…? あ、失礼した。難しいお名前ですね」
「はい。ですから、気軽にユイナとお呼びください」
「では私のこともカーライルと、あ、それともお父様かな」
「まだ気が早いですよ父上」
「そ、そうか? しかし、娘が出来るとは嬉しいものだ」

どうやら娘認定してもらえたようでホッとする。

「それで、手紙にもあったが、もう少し詳しく説明してくれ」

三人で長椅子へと移動し、アドルファスのお父様の向かいに二人並んで座った。

「はい、聖女召喚の話は父上もご存知ですよね」
「無論だ。彼女がその時この世界に来たことも聞いている。しかし、リングの変化については、具体的にはどういうことなのだ?」
「あ、あの、私、お庭を見せて頂いてもよろしいでしょうか」
「ユイナ?」
「あの、アドルファス…後はお父様と二人でお話して、やっぱり恥ずかしいから」
「よろしいですか? 父上。これから先の話は、男同士で」

私の戸惑いを察して、アドルファスが父親に尋ねる。

「ああ、そうか…庭か…今、庭には彼女が居るはずだ」

「彼女」とは一人しかいない。
アドルファスの顔に緊張が走る。

「母上は…」
「最近は落ち着いている。ここの気候が性にあっているのだろう。記憶の方は相変わらずだがな」

それは、アドルファスのことを憶えていないということだ。

「初対面のユイナさんなら、大丈夫ではないだろうか。女性や子どもには彼女から近づいて話しかけるのだ」
「えっと、アドルファス構わない?」

息子の彼より先に私が会っていいものか気になった。

「大丈夫です。後で様子を聞かせてください」

そう言ってくれたので、トレヴァスさんに案内してもらって、庭の方へと向かった。
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