異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

73 聖女の涙

「おいし~これよこれ、これが食べたかったの」

炊飯器はないので、ピラフとしてお米を炊き、チーズの角切りを混ぜたおにぎりを両手で掴み、財前さんはバクバクと食べる。
おにぎりならそんな食べ方は有りだが、皇学園の生徒にしてはお行儀はよくない。ここでも手掴みは多分はしたないと思われるだろう。

「手掴みで食べるなど、品位に欠ける」

案の定、王子は眉根を寄せる。でも食べているのは財前さんなのに、持ってきた私が悪いとでも言わんばかりに私に向けて言った。財前さんは意に介さず、夢中で食べている。

「こっちは肉味噌を具にしているの。それからこれは鶏そぼろ」
「全部いただきます」
「落ち着いて食べてね。このバスケットに入れておいたら暫くは保つから」
「もしかして時空魔法を?」

アドキンスさんがバスケットの中を覗き込む。

「はい、アドルファスさんにお願いして、底に保温の効果と内側に時空魔法で腐敗防止を施してもらいました」
「レインズフォード卿が?」

バスケットから私に視線を移し、アドキンスさんが意外そうに言った。

「もしかして、その魔法って簡単に使ってはいけないものでしたか?」
「いえ、街中や王宮などで許可なく使うのは禁止されていますが、ご自分の邸宅内で他を攻撃するようなものでないなら、使用について特に制限はありません」
「そうですか」

この前、私を探すために街中で魔法を使わせてしまったことで心配したが、どうやらこれは大丈夫なようで安心した。

「聖女殿、お願いがあるのですが」
「なんでしょ…う、ゴクリ」

二つ目を食べ終えた財前さんにアドキンスさんが向き直った。

「その、今聖女殿が食されているものを、私にもひとつ分けていただけますか?」
「え、おにぎりを?」
「はい。ユイナ様が聖女殿のためにお持ちになったものなのは充分承知しておりますが、あまりに美味しそうにお食べになるので…」
「そういうことなら私も」

カザールさんもそこに参加する。

「そういうことなら…」

財前さんがちらりと私に視線を向ける。

「全部財前さんに作ってきたものだから、あなたがいいなら是非どうぞ。でも、味は保証しませんよ。財前さんは馴染みがある料理ですが、お米はこちらでは一般的な食材ではありませんし」

何しろ家畜の餌として売られていたもの。それは言わないでおこう。

「じゃあ、どうぞ。でもひとつずつですよ」
「ありがとうございます」

二人はバスケットの中を覗き、迷った後でカザールさんが肉味噌入りを、アドキンスさんがチーズ入りを手に取った。

「エルウィンはどうしますか?」
「ふん、手掴みで食べるものなど、一国の王子である私が食べるわけがなかろう」

財前さんに尋ねられ、王子はそっぽを向いた。

「美味しいのに…いらないなら別にいいわ。後で後悔してもあげませんから」
「そ、そこまで言うなら…ひと口くらい…ひと口食べて不味かったら、承知しないぞ」
「素直じゃないな」

ツンデレのツンな王子の態度に財前さんは苦笑いする。

「なかなかいけます。初めて食べる味なので、美味しいのかと言われたらわかりませんが、私は好きです」
「アドキンスの言うとおりです」
「あまり味が濃いとすぐ飽きてしまうので、味付けは控えめにしています」
「これがお二人のお国の味ですか」
「それは基本に少し変化を加えたものなので、それがすべてではありません」

二人にも受け入れられ、王子も特に感想はなかったが、丸々一個を食べきった。

「それで、儀式はどうだった?」
「えっと…」
「あ、もしかして聞いてはいけなかった?」

副神官長の方を見る。儀式自体が秘されているものなら、その内容も他言無用なのかも。

「細かい手順は秘密ですが、聖女殿個人の感想程度なら」
「えっと、事前に教えてもらったお祈りの言葉をこうして唱えているとね」

胸の前で両手の指を絡めて組んで、祈りの姿勢を取る。

「何回か繰り返している内に、ふっと周りの空気が変わって、目を開けると眩しいんだけど、目に優しい光が私を包んだの。そしたら、ぐわあって、お腹の底から力が湧いてきて、それが空気に溶け出した感じ」
「それが、浄化の力です」
「後はそれを繰り返して、どんどん短い祈りで発現できるようになったの」
「我々も驚きました。それを一日目で顕現させるとは。これほど早く力が現れたことは初めてです」
「すごい。財前さん頑張ったのね」
「ふふ、先生のご飯が待っていると思うと、ブワアッて力が出てきたの」

私が褒めると彼女は嬉しそうに笑った。
おにぎりも最後の一個になった。

「財前さんは普段から食べていたの?」
「お母さんが休みの日のお昼なんかに、作ってくれていたわ。あまり料理は得意じゃないけど、おにぎりだけは、色んな具を入れて…」
「財前さん?」

不意に彼女が押し黙った。顔を覗き込むと、じわりと涙を浮かべている。

「どうした、レイ?」
「お母さん…お父さん」

おにぎりから両親のことを思い出してしまったらしい。

「財前さん、気持ちはわかるわ。我慢しなくていいのよ」

家族と不仲だった私でも二度と会えないのかもと思ったら辛い。

「先生…」

財前さんは私に縋り付くように身を寄せ、わっと泣き出した。

男性三人は…特に王子はいきなりわんわんと泣き出した財前さんに驚いている。

「レイ」

特に王子の方が狼狽えている。副神官長と魔塔主補佐は王子より年長ということもあり、最初は驚いていたが、そのまま静観していた。

「ごめんなさい、先生…でも、涙が…止まらなくて…」
「大丈夫。潔斎の儀が終わってほっとしたのね。頑張ったわ。偉い偉い」

彼女の背中をポンポンと優しく撫でる。しっかりしていると言っても、まだ親の庇護下にいて甘やかされてきた女の子。

「財前さんだから出来たことだよ。でも、期待に応えてあげたいと頑張るのはいいけど、我慢や無理はしないでね」
「うん…うん…」

財前さんを慰めながら、私はそんな彼女を見守る三人に目配せし、大丈夫だからと無言で伝える。最初はオロオロしていた王子も、他の二人を見習って財前さんの涙が乾くのを待つ気になったらしい。気遣わし気に財前さんの背中を見守るのを見て、本当に彼女を大事に思っているのがわかった。

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