異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

74 王子からの謝罪

それから十分ほど財前さんは泣き続けた。最後の方は泣きじゃくったせいで、どうにもこうにも止まらなくなってしまっただけだった。

「ごめんなさい…恥ずかしいです」

我に返り、男性三人が気まずそうに無言で自分を見守っていることに気づき、再び顔を真っ赤にして私の胸に顔を埋めた。
私への態度は難ありでも、王子をはじめ美形揃いの男性たちの前で、幼子のように泣いてしまったのだ。
彼女の気持ちはよくわかる。

「ここにいる誰も、悪いことだとは思っていないわ」

そうですよね、という意味合いで彼らを見る。

「さようです。むしろ貴方様のそのような心細さに気づいて差し上げられなかったことに、不甲斐なさを感じ恥じ入るべきは我々です」

カザールさんが胸に手を当てて神妙な眼差しを財前さんに向ける。

「聖女殿の涙、胸に堪えました。改めてその涙に酬いるべく、誠心誠意お仕えさせていただきます」

アドキンスさんも恭しく頭を下げ、財前さんに誓う。

「わ、私も。二度とレイに悲しい思いはさせない。レイが笑っていられるように、何でもする」

二人に先を越され、王子も一所懸命財前さんに詰め寄る。

「皆、財前さんのこととても大切に思ってくれてる」

良かったね。と彼女の頭を優しく撫でる。

「そう言うならエルウィン、先生に対する態度を考えてよね」
「え!?」

頭を撫でる私に猫のように頭を擦り寄せ甘えてから、財前さんはエルウィン王子に刺々しく言った。

「聖女とか関係なく、先生が一緒にこの世界に来てくれていること、私はすっごく嬉しい。みんな親切だけど、やっぱり違う。先生がいてくれなかったら、私はもっと辛かったと思う。先生は私の心の支えなの。その先生に酷いことばかり言うなら、もうエルウィンとは会わないから」
「そんな…レイ」

財前さんの言葉に王子は気の毒に思えるほど狼狽えている。

「私は王子だぞ。なぜ私がおまけで付いてきた女に…」
「先生だって被害者よ。もともとエルウィンたちが連れてきたのに、他の人はちゃんと先生を尊重してくれているじゃない。なのにどうしてエルウィンはできないのよ」
「そ、それは…この女が…」
「この女じゃなく、唯奈先生、そこまで拒むならもういい。エルウィンはもう私に会いに来ないで!」
「そんな、レイ」

はっきり言われ、王子は泣きそうな顔で他の二人を見る。しかし他の二人は、渋い顔で黙って首を横に振る。

「申し訳ございません、殿下。我らも同意見です。何よりユイナ様の庇護は国王陛下も明言されていらっしゃいます。その庇護には身体的保護の他にも精神的安定も含まれるかと」
「私もカザールと同意見です。聖女殿と同じとまでは申しませんが、もう少し敬意をお持ちになるのが良いかと…」

二人にもやんわりとだが諭され、王子はそっぽを向く財前さんから、遂に私に縋るような視線を向けてきた。
何だか王子が気の毒に思えてくる。

「財前さん、それくらいにしてあげて。別に私は王子様に何か言われても平気よ。親切にしてくれる人もいるし、私はアドルファス…レインズフォードさんのところでうまくやっているから」

実は恋人関係になりました。とはこの場で言い難いが、手厚くもてなしてくれていることは間違いない。

「先生優しい! 唯奈先生大好き」

財前さんはそう言って私に抱きつく。

「あ、先生の服…濡れちゃったね。ごめんなさい」

財前さんの涙が私の胸元を濡らしていた。それに気づいて彼女が謝った。

「平気よ。それより財前さんが元気を取り戻してくれて良かった」
「ああ、心配なさらないでください。私がすぐに乾かして差し上げます」

アドキンスさんが手を翳し軽く呟くと、忽ち服は乾いた。毎晩私の髪を乾かしてくれるアドルファスさんの魔法と同じものだ。

「ありがとうございます」
「いえ、これくらい容易いことです」
「魔法って便利ね」
「そうね。でも、聖女の浄化の力だってとても貴重よ。何しろそれでたくさんの人が救われるのだから」
「そうかな」

自分の力を褒められ財前さんは嬉しそうにはにかむ。

「そうだ。レイは素晴らしい」
「先生に謝るまでエルウィンとは口をきかない」
「!……」

財前さんはエルウィン王子に対して完全に塩対応だ。

「財前さん、私は別に…」
「悪かった」
「え!?」

聞こえてきた言葉に驚いて聞き返した。アドキンスさんやカザールさんたちも驚いている。

「聖女でないとは言え、聖女と同郷の者に対し、私の態度が不適切だったことは認める。これからは態度を改める」

謝っているのかは微妙な感じだけど、王子である彼にはそれが精一杯の謝罪なのだろう。

「殿下のお言葉、謹んで承りました」

私がここで生活する上で、彼の態度がどんなものでも関係ない。
国として私のことを蔑ろにはしないと、国王陛下も保証してくれているし、滞在先のレインズフォード家では充分よくしてもらっている。
アドルファスさんとの関係は予想していなかったものだった。いずれ帰るかもしれない、先の保証のない状態で、いくら求められたからといって体を許したことを、どこか軽率だったのではと責める自分がいる。
何もなくても、アドルファスさんは私への接し方を変えることはないだろうし、私次第だと逃げ道を用意してくれた。
でも限りがある関係は同じ世界にいてもある。結婚しても離婚はするし、死に別れることも考えられる。
した後悔より、しなかった後悔の方が強いとも聞く。
関係が深くなれば、別れが来た時に辛くなるのは目に見えている。レディ・シンクレアとの別れも悲しいと思うだろう。
烏滸がましいと言われるかも知れないが、この先生きていく中で、アドルファスさんには、彼の傷を厭わず触れることのできる人がいることを知って欲しい。
傲慢に彼の傷は私が癒やすと言い切れればいいのだが、ただ、アドルファスさんのすべてをこの体で受け止めたいと思ってしまった。私より体の大きな彼を受け止めるとか、ラグビー選手のタックルを受け止めるサンドバッグにも成りえない私が物理的に不可能なのはわかっている。
それでも、時間の許す限り、傍にいられる間は寄り添いたいと思った。
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