異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

8 聖女の役割

さっきの場所にもいた人で、最後まで国王やレインズフォード卿たちと一緒に私に付き添ってくれていた人だ。

「アドキンスか。よかろう。マルシャルも良いか?」
「構いません」
「ありがとうございます」

国王と魔塔の主から許可をもらい、その場に立ち上がった人物は、王子よりは少し年上みたいな感じで、焦げ茶色の長い髪を後ろでひとつに束ね、浅黒い肌色の男性だった。
瞳の色はここからではわからない。
ここの人たちって皆、髪が長いな。

「ロイン・アドキンスと申します。魔塔主のマルシャル様の補佐をしております」

丁寧にお辞儀して自己紹介してくれる。

「この世界には魔法があります。魔法は体内に宿した魔力を使いますが、魔力の源である魔素は空気中にも含まれ、我々は呼吸と共にそれを体内に取り込みます。ここまではよろしいですか」

私、財前さん、そして再び私の方を見る。

「はい、大丈夫です」

二人で頷くと「さすがです」と褒められた。

「魔法を使えるのは殆どが王族、貴族の血筋の人間ですが、稀に平民の中でも使える者がいます」
「皆がみんな、使えるのではないのですね」
「はい。ですが人により保有量も違いますし、使える魔法も高度なものになればなるほど必要な魔力も多くなります。自らが持つ魔力が足りなければ、空気中の魔素を集めて使うことになります。そしてその魔素も場所によりその量は異なります」

空気中の酸素が多いとか少ないとかと同じなのだろうか。

「自然の中で特に魔素が多く溜まる場所を我々は魔巣窟と呼びます。どこに魔巣窟が出来るのかはまったく予想が出来ませんが、大抵が人の少ない場所になります。人が少なければ、魔素が循環しません。故に吹き溜まりになるのでしょう」

魔巣窟に清らかな魔素が循環していればいいが、淀んで溜まった魔巣窟の魔素は濃度を増し、それが生態系に影響を及ぼすのだと彼は続けて説明した。

汚染物質に似ていると思った。

「穢の充満した魔巣窟の付近では、その影響で動物が凶暴化し、植物も毒素を放ち生き物を捕食するようになります。危険な魔巣窟が報告されると、まず一定範囲の距離で魔巣窟周辺を封鎖し、变化した動物や植物を我々魔法使いと魔法騎士が討伐します。しかし元の魔巣窟を浄化しなければ被害はなくなりません。小規模なら神官の浄化魔法で何とかなるのですが、今回の魔巣窟はここ数百年の中でも最大規模になり、我々ではとても対処出来なくなってしまいました」
「だからそれを聖女が浄化する。ということですか」

そこまで聞いて聖女が何をするか想像出来る。
聖女というからには何かを浄化するとは思っていたけど、小説などで読んだ魔王とかの討伐でないだけましなのか。
でも魔巣窟へたどり着くには、凶暴化した生き物を壊滅していかなければならないのだとしたら…

「その魔巣窟まで聖女が行って浄化するのですか?」

そんな危ない場所へ財前さんを行かせるのか。
不安が過ったが、財前さんは魔法と聞いた時から楽しそうだ。私が心配しすぎなのだろうか。でも彼女はしっかりしているように見えてまだ未成年だ。そしてここの人たちは彼女に多大な期待を寄せている。聖女だ何だと祭り上げられ、彼女を財前 麗として気にかけてあげられるのは私しかいない。

「不安に思われるのはわかります。物見遊山のような行軍とは言いません。しかし優秀な魔法使いや騎士が必ず聖女様を護ります」

「それが私の役割なら、私の与えられた使命をはたします」

意外にも財前さんは闘志に燃えていた。

「財前さん、それでいいの?」
「だって私がいなければ、大変なことになるんですよね」
「そうだけど…」
「実は私、そういうゲームや小説が好きで、私が聖女だって聞いてワクワクしてるんです」
「でも危ないこともあるし、怪我もするかも…」
「それでも私が必要だと言うなら、私がやらないと」
「聖女殿は大変勇敢でいらっしゃる。我々は素晴らしい聖女殿を召喚したのだな」

国王も他の人たちも、財前さんが話を聞いて怯むどころか却って使命感に燃えたことを喜んでいる。
私一人が不安に思う。けれど、聖女でもない唯人の私が口を挟む空気ではなくなってしまった。

「安心してください。今すぐにということではありません。聖女の力を使えるようになるためには訓練が必要です。レイ殿も当分は力の使い方について神殿で学ぶことになります」
「ええーパパっと行ってチャチャッと浄化するんじゃないの」

私もすぐに現場に向かうものと思っていた。

「それこそ無謀というものです。素質があるとは言え、浄化の発動の仕方もご存知ない聖女殿を連れては行けません」
「そうですか」

財前さんは残念そうだけど、少し猶予が出来てホッとした。

「今ので納得していただけましたか?」

説明が終わり、アドキンスさんが私に向かって訊ねた。

「はい、ありがとうございました」

彼らにとっては当たり前の世界の常識。でも私と財前さんにとっては未知の世界だった。しかも財前さんはその渦中に身を投じていくのだ。

「私からもひとつ、ユイナ殿に質問してよろしいですか?」

アドキンスさんが私に訊いてきた。

「私にですか? 財前さんにではなく?」

「アドキンス、陛下がお許しになったのは聖女の役割についての説明だけだ。それ以外の発言は控えろ」

レインズフォード卿がアドキンス氏の態度を窘めた。

「レインズフォード卿こそ、それを私に言う資格がおありになるのですか」

何が気に入らないのかわからないが、私達を挟んで二人が牽制しあっている。

「両人とも落ち着きなさい。陛下の御前です」

見かねたマルシャルさんが注意し、二人は互いに「申し訳ありません」と頭を下げた。

「気にするな。それで、アドキンス、そなたは何を聞きたかったのだ? 質問の内容によってはこの場で問うことを許す。ユイナ殿は、答えたくなければ答える必要はないが、我々もあなた達のことを理解するために、差し支えなければ答えてやってほしい」
「わかりました」

答えられない。答えたくないことなら言わなくていいと言われ、取り敢えず頷いた。
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