異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

83 せめぎ合い

アドルファスさんを見送り、私は会場を見渡した。
皆の背が高くて、ここからではレディ・シンクレアがどこにいるのかわからない。

仕方なく物陰から移動して彼女を探すことにした。

「あ、すみません」

男性とぶつかりそうになり、避けたら反対側にいた女性にぶつかった。

「きゃ!」
「フィーナ、大丈夫?」

ぶつかってよろめいた女性を、連れだろう彼女の向かいにいた女性が抱き留めた。

「ちょっと、気を付けてください」
「も、申し訳ございません」

抱き留めた女性が、ぶつかった女性の肩越しから睨んできた。

「あら、あなたは、先程の聖女様の…」

陛下に直々に紹介されたばかりなので、当然私が誰か気づいたレディ・シンクレアと同年代のその女性は、私を頭からつま先までじろじろと眺めた。

「お怪我はなかったでしょうか」

ぶつかった女性に尋ねた。

「大丈夫ですか、フィーナ」
「はい、おばあさま」

月光色のふわふわとした綿菓子のような髪をした財前さんくらいの女の子だった。ガラス玉のような緑の瞳が印象的だ。

「本当にすみません。人を探しておりまして、前を見ていませんでした」

都会の人混みには慣れているはずだけど、ドレスの裾捌きに慣れていなくて動きが鈍くなってしまった。

「どなたをお探し?」
「レディ・シンクレアを」
「それなら、あちらの方へ歩いて行かれましたよ」

そう言って彼女は持っていた扇で、外へと通じるバルコニーを示した。

「ありがとうございます」
「ちょっと、お待ちになって」

お礼を言って立ち去ろうとする私を、その女性は引き留めた。

「はい、何でしょうか」
「あなた、レインズフォード家に後見していただいているのだったわよね」
「はい。財前さん・・聖女様と共に来たときからお世話になっております」
「そう、その腕輪はレインズフォード卿からかしら?」

今日彼からもらった腕輪を彼女が扇で指し示す。

「はい」
「そう」
「あの、あなた様は」
「ああ、ごめんなさい。私はエルダ・トゥキーラと申します。この子はフィーナ、私の孫です」
「トゥキーラ様とフィーナ嬢。ユイナ・ムコサキと申します」
「フィーナ・トゥキーラと申します」

互いに挨拶をしあったが、フィーナ嬢の挨拶の方が優雅で様になっている。

「それで、レインズフォード卿とあなたは近いうち婚約でもなさるの?」
「え、こん・・いえ、そんなことは」

婚約という言葉に驚く。相手の色を連想する装飾品を身に付けることで、そんな風に見られることもあるのか。

「あら、違うのね。じゃあ良かったわ」
「え?」
「実は近いうち、国王陛下にレインズフォード卿と、このフィーナとの婚約についてお話ししようと思っておりましたの」
「こ、婚約? アドルファスさん・・レインズフォード卿と? で、ですがアド・・レインズフォード卿は」
「もちろん、あの仮面のことは気になりますが、彼の活躍を寝物語に聞いていたこの子には、英雄の証に見えるそうですわ。この子の父親が魔獣の討伐の際に彼に命を救っていただいた一人ですの」
「まあ」
「彼のお陰でこの子は父親を失わずに済みましたわ。母親がこの子を産んですぐに亡くなって、この子には唯一の親でしたから」

フィーナ嬢の方を見れば、恥ずかしがって祖母の衣服を引っ張り、「おばあ様ったら、そんなこと・・」
恥じらう彼女はとても愛らしい。同じ美少女でも財前さんが東洋風なら、彼女は間違いなく西洋風美少女。ビスクドールのようだ。
彼女の話を聞いて、胸が熱くなった。アドルファスさんの身を挺した行動がこうして誰かの幸せに繋がっている。

「本当は無理だと諦めていたのですが、先ほどあなたをエスコートする彼を見てこの子がどうしてもと…何しろレインズフォード家と言えば、建国の時から王家に忠誠を尽くす名門。遅れを取るわけには行きませんわ。レインズフォード家に後見していただいていらっしゃるなら、あなた様からも口添えしていただけますか?」
「え、わ、私・・ですか?」
「ええ」
「わ、私・・」

フィーナ嬢とトゥキーラ夫人を交互に見るだけで、私は何も言えなかった。
いずれアドルファスさんの素晴らしさをわかってくれる人がいるとは言ったが、それは私がいなくなった後のことだと勝手に考えていた。

「トゥキーラ夫人、私どももお話に加えていただけませんこと?」
「そうですわ。この方、先ほどレインズフォード家の後見をいただいていると仰っていましたわよね」
「我が家にもレインズフォード卿と年の釣り合う娘がおりますのよ。いかがかしら?」

他にも次々と年頃の娘や孫をアドルファスさんと縁づかせたいという人たちが、次々と押し寄せてきて私たちを取り囲んだ。

「あらあなた、レインズフォード卿の仮面が恐ろしいと以前仰っていましたわよね」
「そういうあなたこそ、いくら名門でもあり得ないと仰っていませんでしたか?」
「私の娘は昔、あの方とダンスを踊ったことがあるのですよ」
「皆様、私が先にお話ししているのですよ」

足の引っ張り合いのような言い合いが始まり、一番は自分だとトゥキーラ夫人が他の人たちを牽制する。

「あ、あの、皆様」

彼は私の恋人なのだと言えたらいいのに。でもこの場でそれを口にすれば、私の命が危なくなりそう。
それに…
先の保証がない関係をここで告げることが躊躇われた。
この場に彼がいたら、なんて言ってくれただろう。
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