逆ハーレム戦隊 シャドウファイブ

23 黒曜書店

 早朝、黒曜書店にやってきたが、まだシャッターは下りたままだ。

「早すぎちゃったかな。黒彦さん寝てるかもしれないな」

なぜだかいつもより早起きしてしまい、家にいるのも落ち着かなくて早々にやってきてしまった。しかも肌寒い。シャドウファイブが解散したのでピンクシャドウの衣装を返してしまった。

久しぶりにバトルスーツなしにすると、体温調節が上手くいかないのか熱かったり寒かったりする。本来はそれで上に何か羽織ったりするのだがうっかりしていた。
あのバトルスーツは本当に優秀だと手をこすり合わせていると「おい」と後ろから声を掛けられた。

「あ、黒彦さん、おはようございます」
「入口はこっちだ」
「はい。お願いします」

案内され狭い路地から店内に入る。何年振りだろう。この書店が閉店したのは黒彦さんの両親が亡くなったせいだったのだ。ちょうど10年前くらいだろうか。その時は黒彦さんも外国に居たんだと思う。本を買おうとやってきた時にはシャッターに『都合により閉店します』と書かれた紙が貼られてあった。

 こじんまりとした店内を見て歩くと、10年前と同じでとても懐かしい気持ちになる。この書店は黒彦さんのお父さんとお母さんのおすすめコーナーがあり、お勧めの本に綺麗な和紙に綺麗な文字で感想が書かれてあった。今その紙は少し黄ばんでいる。
お父さんはマニュアル書と資格試験の参考書比較をしていて、お母さんは絵本と小説の書評をしていた。それがとても面白く、役に立っていたのでこの書店はいつも人で賑わっていた。

「懐かしい。私は商店街のお店の中でここが一番好きでした」
「そうか」
「何からしましょうか」
「そうだな。古い雑誌とか小説を一度整頓するかな。新しいものを仕入れないと店は開けられないし」
「ああ、そうですね」

昔、流行っていた雑誌を見てまた懐かしいと思った。あの頃は何も考えずに毎日安穏と暮らしていたと思う。
倉庫に本を整頓し、スペースを開ける。こうして一日はあっという間に過ぎた。

「もう、今日はいい」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「助かった。ありがとう」
「え。いえっ、明日もお願いします!」
「ん」

黒彦さんにありがとうと言われ舞い上がる。良かった。邪魔ではなさそう。明日もまた張りきって整頓しようと意気揚々と帰宅した。

3日ほど店内の整頓をし、新作を入荷し、『黒曜書店』を開店することが出来た。特にリニューアルではないのでひっそりとオープンする。それでもぽつぽつとお客は入り、ネット注文のできる時代なのに、取り寄せを頼む人もいた。

「ふー。いっぱい人が来たなあ。あ、あんなところにジャンル違いの本が」

背伸びをしてから脚立を取り出し、一番高いところにある本を取ろうと手を伸ばす。

「も、もうちょい。あと1センチ」

つま先立ちになっていると「危ない!」と黒彦さん声が聞こえ、すぐに私は腰を抱きかかえられ脚立から降ろされる。

「あ、あの」
「危ないだろう。しかもわざとか」
「え?」
「スカートの中を見せようとしているのか」
「ちょっ! 違います! おまけに危なくなんかありません! これでもバランス感覚いいんです! 伊達にピンクシャドウやっていません!」

全く相変わらずひどい誤解を受ける。

「そ、そうか。すまなかった」

ただ黒彦さんは自分に非があると思うとすぐに謝罪をしてくれる。頑固者ではないようだ。私の代わりに脚立に上り、すっと本を取り出し正しい場所へ持っていった。

狭い書店で話すことは事務的なことだけ。他のメンバーたちと違ってお昼におしゃべりしたりせずに二人で黙って本を読んでいる。それでもそれはそれでつまらない過ごし方ではなかった。


そろそろ一週間がたつ。休んだ後どうしようか。私としてはもうこの『黒曜書店』でずっと働けたらいいなあと思っている。黒彦さんさえ良ければ。
お客が引けた頃に、黄雅さんがやってきた。

「こんにちは。どう? 桃ちゃん」
「あ、はい。本が好きなのでいい職場です」
「そっかー。で、来週からどうする? もううちは来てくれないのかな?」

キラキラ輝く笑顔で言われて、思わず行きますと言いたくなってしまうのは、やっぱりだらしないのだろうか。

「えーっと。ちょっと考え中なんです。どのお店も魅力的で。でもあんまりうろうろしてるとやっぱり迷惑かなって」
「ふふっ。桃ちゃんは真面目だからね。気軽に行こうよ」
「ですかね」

気さくだけど品の良い黄雅さんと話していると、まるで社交界にでもいるようなふわふわした気分になってくる。そこへ黒彦さんがやってきた。

「黄雅、きてたのか。何か用か?」
「ん。桃ちゃんを誘いに来たんだけどね」
「そうか」
「それだけ。そうだ明日は商店街休みだから地下でなんかして遊ばないか?」
「うーん。そうだな。身体も動かしたいところだし」
「じゃ、桃ちゃんも良かったらおいで、卓球でもしようよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「じゃあねー」

光を振りまいたように去って行く黄雅さんを見送る私に「黄雅のところにいくのか?」と黒彦さんが聞いてきた。私は自分の希望を彼に告げる。

「あの、ここで店員として雇ってもらえないですか?」
「ここで?」
「はい。だめ、ですか?」
「だめではないが。他の奴らも来て欲しいみたいだしな」

黒彦さんはやっぱり居て欲しいとは思ってくれないのだろうか。

「あの、私はここでは役に立たないでしょうか」
「そんなことはない」

もどかしい沈黙が空気を張り詰めさせる。

「好きにしたらいい」
「……。やっぱり私の事、嫌ってますか?」

勇気を振り絞って尋ねる。シーンとした無音の世界がこわい。

「いや、嫌ってなどいない」
「よかった。嫌われてると思ってたから」

黒彦さんがスッと、息がかかるほど近くにやってきた。

「お前の事をすごく意識している。嫌ってなどいない。むしろ逆だ」
「え……。それって」

嫌いの逆って確か好きじゃないかな?

「好きだ。たぶん」
「たぶんでもいいです。私も黒彦さんのことが好きなんです。そばにいたいんです」

思わず興奮して口走ってしまった。

更に沈黙が始まったが、黒彦さんはそっと手を私の頬にのばし、あごに指を添えすっと上を向かせる。

「あ……」

温かい唇がそっと触れる。私は目を閉じて彼の動きを待つが「だめだ」と呟き、黒彦さんはすぐに甘美な時間を終わらせてしまった。

「だめ、ですか……」
「すまない。不安でこれ以上進めない」
「え? 不安って?」

今、お互いの気持ちを確かめ合ったのではないのだろうか?どうして?

「この気持ちは本物ではないかもしれない。お前もイベントが多すぎて勘違いしているだけかもしれない」
「そんなっ」
「もしも俺がシャドウファイブで、他のやつがブラックシャドウだったら、そいつを好きになっていたかもしれないだろう」
「ええー……」

一体何を言い出すのだろう。やっと自分の恋心に気づいたと思ったら否定されてしまった。

「もっと確証が欲しい。俺の事を選んでいるという確証が」
「好きだと思う気持じゃダメなんですか?」
「そんなもの机上の空論だ」
「黒彦さんの実験はそういうものを具体化するものだったのではないですか? 見えなくても信じているんでしょ?」
「理論上では可能だったが、実践が出来ていないから確証がない」
「そんな……」

途方に暮れてきてしまう。どうしてせっかく好きだと思える同士が結ばれる前に、こんな困難な状況がやってくるのだろう。

「もう……。一人になるのが嫌なんだ。最初から一人だと思っていれば寂しくはない」
こんなにも黒彦さんは傷ついていたのだ。どうしたら私の愛情を証明できるだろうか。
「あの、じゃあどうしたら私が黒彦さんの事を本当に好きだってわかってもらえますか?」


黒彦さんは寂しそうな瞳を見せ、俯いたまま呟く。

「誰が一番良かった?」
「え? 一番いい人?」

それが黒彦さんなのに。

「あのラストバトルの日。誰が一番感じたか教えてほしい」
「えっ!?」

一番感じた人? もしかして催淫剤でなすすべもなくメンバー全員と肉体関係を持ってしまったことを言っているのだろうか。

「あ、あの、あの時はそれしか方法が思いつかなくて。その、気持ち良さとかは別に……」

やっぱり気にするところはそこなのだろうか。自分の友達全員と寝た女というレッテルが張られ、私の気持ちを信じてくれないのだ。


「すまなかった……」

いつの間にか泣き出していた私の肩を優しく抱きしめてくれるが、その手はどこか弱々しかった。

「俺を、俺だけを欲していているという確証が欲しかったんだ」
「いいんです。黒彦さんほど辛い思いをしていたらきっと誰だってそう思うと思うから」
「……」
「どうしたら確証が得られると思います?」
「どうしたらか……」
「ええ。私もそれだけ言われてしまうと、自信がなくなって来ました。他のメンバーには思わなかった好きって気持ちを初めて黒彦さんに感じたのは本当です。でも、他の人がブラックシャドウだったらって思うと、確かにその人を好きになったかもしれない……」

「一つ思いついた。でも嫌だったら断ってくれて構わない」
「なんですか?」
「俺も含めて――全員と寝てほしい」
「――!」
「他の奴らと俺が違うことを証明してほしい。身体で」
「……」

どうしよう。
またみんなとえっちするの?頭が真っ白になる。はてなマークで頭がいっぱいになる。
黒彦さんを好きになったら他のメンバーとえっちする?
なんだか訳が分からなくなり「明日お返事します」と頭を下げて店を出た。
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