逆ハーレム戦隊 シャドウファイブ

5 作戦会議

 商店街の一番端にあるブルーシャドウ、山本青音さんのお店、『アンティークショップ・紺碧』に向かう。段々と人通りが減っていき、静かになるとちょうど店につく。
店構えは木の枠の引き戸と重たそうな瓦で古めかしい。看板も大きな板状の流木に毛筆で『紺碧』と書かれている。引き戸のガラス窓は雰囲気にカジュアルさがなく、専門的すぎて私にはちょっと入りにくい。普通に扉を開けて店内に入ればいいんだろうかと、格子の木枠にはめ込まれている滲んだようなガラスから中を伺う。

「桃ちゃん、おつかれ」

後ろから声を掛けられ振り向くとイエローシャドウの井上黄雅さんが立っていた。トレーナーとジーンズの軽装なのに品を良く感じられるのは黄雅さんだけだろう。

「お疲れ様です。白亜さんは、もうちょっとしたら来るそうです」
「オッケー。入ろうよ」
「は、はい」

黄雅さんはカラカラと軽く乾いた音をさせ、戸を引いて中に入る。普通に入って良かったみたい。
天井から何個か釣り下がった、白いチューリップをひっくり返したようなランプシェードの白熱灯が店内を優しく明るく照らしている。仏像やら、楽器、色々なものが置いてある。
焦げたような真黒な壺の前で思わず立ち止まってじっと眺めていると「それはコビゼンとかいう壺で100万円するんだってさ」と黄雅さんが教えてくれた。

「えっ!? ひゃ、100万円!? これが?」

あまりの価格に驚いて、その壺に触らないに固まっていると奥の紺の暖簾をくぐり出てきた青音さんが「嘘教えるなよ」と黄雅さんをたしなめる。

「ははっ、ごめんごめん」
「う、嘘ですかあ」
「そんなもの店先に置くわけないだろ。確かに古備前だけど、それは新しいから20万程度だ。いいのは蔵にある」
「に、20万円……」

こんな壺がと唖然としていると、「こっちこっち」と黄雅さんに手招きされたので、青音さんが出てきた暖簾をくぐり応接室らしいところに入った。すでに赤斗さんと緑丸さんはソファーに腰かけていて私に気づくと「お疲れ様」と声を掛けてくる。

「お疲れ様です。白亜さんはもう少ししたら来ると思います」
「うん。そこ掛けて」
「はい」

黒い革のソファーは身体が包み込まれるような柔らかさを持ち、ひんやりとするかと思ったのに温かい気がする。こんな上等なソファーに座るのは初めてだと感動し、また目の前のツヤツヤの木のテーブルを眺めていると、青音さんがカチャカチャとお茶を運んできた。

「緑丸、頼む」
「ん」

大きな塗りの黒いお盆を緑丸さんは受け取り、テーブルに置くと「桃香さん、どうぞ」と湯呑を差し出してくれた。

「あ、す、すみません。ありがとうございます」
「いいよ」

温かい笑顔はなんてほっとさせるんだろう。緑丸さんはメンバーの中で一番落ち着いていてまるで『お父さん』という雰囲気もある。
黄雅さんも赤斗さんもお茶お受け取り、早々に飲み一息ついている。

「うーん、ここの茶はいつも美味いな」
「普段コーヒーばっかりだけど、ここの緑茶は格別だよなあ」
そんなに美味しいのかと、目の前の白っぽい石っぽい湯呑を眺める。これまた高そうな湯呑だなあ。遠慮しているように見えたのか緑丸さんが「温かいうちに飲むといいよ」と促す。

「あ、はい。このお湯呑みも高級なのかと……」
「うーん。ここにあるものは安いものはないと思うけど、どうなんだろう。青音、これはいいもの?」

ちょうど席に着いた青音さんに緑丸さんが尋ねる。黄雅さんも赤斗さんもまるで気にせず、ポットから湯呑のお揃いの急須に湯を注ぎ飲もうとしていた。

「あ、おい黄雅。ちゃんと湯冷まし使え」
「え、二杯目は良いんじゃないの?」
「今、沸かしたばっかりだし、いつもよりちょっとだけ良い茶葉だ」
「ああ、そう。はいはい」

黄雅さんは逆らうことなく湯冷ましに湯を注ぎ、それから急須に入れて湯呑に注いだ。どうやら茶葉も高級品のようだ。

「えっとなんだっけ。この湯呑か。このメンバーに使わせているくらいのものだから普通だよ」
「ふ、普通……」
「作者不明の志野焼だし。まあ腕は良さそうだけど」

話を聞いてもちんぷんかんぷんだが、そっと手に取ると優しい温かさが手の中に広がり、中のお茶はとても美しいエメラルドグリーンで香りも甘い。一口飲むと苦みと甘味と爽快感が鼻の奥を通り抜ける。

「ほんとだ。こんな美味しいお茶初めて飲んだ!」
「フッ」

青音さんに笑われてしまった。きっと何も知らない子だと思われているのだろう、恥ずかしい。
そこへ白亜さんが「お待たせー」とやってきた。

空いている私の隣に遠慮なく深々と腰かける。ここ一週間、お店で働かせてもらったが、ちょっと他のメンバーよりも物理的な距離が近い気がしてドキドキしてしまう。ちょっと座る位置が近すぎるんじゃないだろうか。白亜さんからは甘酸っぱい柑橘系の香料が仄かに感じられる。

「よし、集まったな。じゃ作戦会議だ」

赤斗さんの一声で空気が引き締まる。
まずは今日の怪人が一般人であったことが、今までの怪人と違うという事に何か意味があるのか話し合われる。

「もういつでも人間をどうにか出来るぞというアピールだろうか」
「いや、たまたまじゃないかな」
「ボタン持ってきたか?」
「ああ、少し調べておいた」

白亜さんがおじいさんに付けられていた、黒い碁石のようなボタンを白い布切れにくるんだまま机に置く。ボタンには小さな針のようなものが4本ついている。

「これはなかなかすごいよ。この中に肉体と思考を操るチップが埋め込まれてるみたいだ。今回は筋肉増量だったみたいだけど――色々応用が利きそうだよ」
「うーん。これのバリエーションが増えたら厄介だなあ」

とても大変なことになっているようだが、私には今一つ理解ができない。

「あの、すみません」
「ん? 桃香ちゃんどうした?」

赤斗さんが考え込みながらも明るい表情をみせてくれる。本当に爽やかで明るくてレッドにピッタリ。

「あの、素朴な質問ですみません。怪人って誰かが生みだしているものなんですか?」
「うん。まだはっきり掴んでいないが、腐臭マンを倒したときに『ブラックシャドウ様万歳』と呟いていたんだ。それがきっと怪人たちのボスの名前なんだと思う。それ以外情報はなかったんだけど、今日のおじいさんの話によると外見に大きな特徴がなさそうだね」
「へえ……。黒に影かあ……。あ、それでシャドウファイブなんですか? 戦隊名」
「うん。よくわかったね。戦隊を結成したがいいけど名前が思いつかなくてさ。ああ、それじゃ真似しとくかってことで」
「なるほど……」

名前は結構適当に付けられているようだ。

「今までは匂いとか眩しいとかさあ、結構5官に訴えてきてたじゃん。それが今回直接パワー系でしょ? ブラックシャドウも本気出してきたのかなあ」
「いや、本気というよりも研究が進んできてるんじゃないのかな」
「次回はなんだろうか」

毎回、怪人を倒してきているとは言っても敵は一人で相当強力だ。

「関連した場所には現れてるんだよなあ。スピーカー怪人はカラオケボックス付近に出てきたし」
「場所か、怪人かどっちかでもわかればなあ」
「うーん」

傾向と対策はなかなかうまくいかず、美味しいお茶を何杯か飲んだだけだった。

「まあ、設置したカメラのおかげで早く発見できてるし、取り逃がすこともなくなってきたからな」
「そうだな。今日はこの辺にするか」
「黄雅、ちょっと中のチップ調べて」
「オッケー。使えそうならこっちも応用しとくよ、武器とかに」
「頼んだ」

敵についての考察はキリをつけるようだ。思いついたように青音さんが「ああ、桃香」とこちらに視線を向ける。

「はいっ」

最初の約束はいるだけでいいと言うことだったが、今日はまるでピンクシャドウの存在意義がなかったので何か言われるのかと思い、私は緊張する。

「君、スーツの下に下着付けているだろう。線が出るから脱いだ方がいい」
「へ?」

一瞬何を言われたか分からず、ぼんやりしていると白亜さんが「どこ見てんだよー」と笑うので私はやっと合点がいった。

「え、で、でも、下着はかないと……」

ノーパンでバトルスーツなんて無理。

「女の子にパンツ脱げなんて無理だよ~」

さすが白亜さんは女子の事をよくわかってる。

「だけど線があると格好がよくない。着物着たら下着付けないだろう」
「まあ確かに」
「そ、そんなあ」

このままだと下着を脱がされてしまいそうだ。女子には色々あるのに……。

「そうだ。スカート付けてやれよ。スーツに」
「ああ、それいいな。ピンクが女って一目瞭然じゃん。最初からそうしとけばよかったな」
「しょうがない。そうするか」
「ありがとうございます!」

良かった。身体のラインが出てるだけでも恥ずかしかったのに、下着まで脱がされるところだった。

「ついでに明後日からはうちを手伝ってもらうか。怪人もしばらくでないからスーツも持ってくると良い。僕が直す」
「は、はい。よろしくお願いします」
「じゃ、明日は休みで、来週から青音のところね」
「サイドカーこっち持ってきておくよ。出動の時は頼む」
「わかった」
「このへんで解散。お疲れ様」
「おつかれー」
「お疲れ様です」

湯呑を下げたほうがいいかなと思い、お盆に乗せようとすると「いいよ」と青音さんが制する。

「あ、はあ」
「来週からは僕が君を仕込むから、それから頼む」
「し、仕込む……」

こうして私は来週から『アンティークショップ・紺碧』のアルバイトをすることになった。
< 5 / 28 >

この作品をシェア

pagetop