逆ハーレム戦隊 シャドウファイブ

6 アンティークショップ・紺碧

 今日から新しい職場だと思うと緊張する。店の戸を開けて中に入ると、もうすでに青音さんがスタンバイしていた。しかも着流しの和服姿だ。深い青と紺のストライプが青音さんにとても似合っていてかっこいい。もっと華奢だと思っていたけど、結構肩幅が広くて骨格はしっかりとしているようだ。

「お、おはようございます! よろしくお願いいたします」
「おはよ」
「す、素敵ですね」
「ん? ああ、君も着るんだよ。こっちに入って」
「え? 私も?」

言われるまま、店の奥に進み畳が敷かれた和室に入ると、やはり和服姿の女性が座って待っていた。

「あなたが鈴木桃香さん?」
「は、はいっ。鈴木桃香と申します」
「あたくしは青音の母の桂子です。よろしくね」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」

青音さんによく似てあっさりとした顔立ちで体格もほっそりとした、それでいて雰囲気は柔らかい。

「じゃあ、お母さん、お願いします」

そう言って青音さんはまた店の方に戻っていった。桂子さんが私を手招きして「この着物に着替えましょう。着付けはあたくしがしますから、お洋服は脱いで、そこにおいてね」と部屋の隅を指さす。
お母さんの前で全裸になるのかとためらっていると「下着はとらなくてもいいわよ」言われ少しほっとする。今日はワンピースだったので、下にスリップを着ていた。それでももじもじしていると桂子さんがさっと肩に襦袢を掛ける。

「うふふっ。そのうち覚えて自分で着られると良いわね。さ、襦袢の袖に手を通して」

和服はほとんど着たことがないので、勝手がわからず、いう通りに従っていると「はい! 姿見を見てね」と鏡の前に立たされた。

「うわー! かっわいいっ! このチェック!」
「うふふっ。市松模様っていううのよ。大正のアンティーク着物なの」
「へええっ! あ、何も知らなくてすみません」
「いいのよ。今の若い子は着物着ないし。ここで少しでも覚えていくと良いわ」
「ありがとうございます」

シルクなんだろう、優しい光沢と柔らかい手触りと、袖がシャラシャラ音を立てて擦れる。薄いサーモンピンクと白の市松模様に赤い帯が良く映える。
ちょうどそこへ青音さんがやってきて私を上から下までじーっとゆっくり眺める。

「うん。いい。桃香は寸胴でメリハリがないからよく似合う」
「え、ず、ずんどう……」

ショックで口がきけないままでいるが青音さんは気にすることなく「じゃ、店の方にきてね」と言い部屋を出て行った。
桂子さんがそっと私の肩に手をのせ「あらあら、桃香さん。今のはすごく褒められたのよ?」と優しく微笑む。

「え? そうなんですか?」
「ええ。お着物ってね。身体を強調するものじゃなくて、精神を表しやすいのよ。だから良く似合ってるってことは、桃香さんの心が青音にとってとっても素敵だって言ってるのと同じなの」
「心、ですか」
「そう。心。特に青音は肉体美にはあまり目がいかないわねえ。外国暮らしが長かったせいかしら。ボンキュッボンの人たちに囲まれてうんざりしたとか言ってたし」
「ボンキュッボン……」

どちらかというとそっちになりたい。欧米化したい……。

「さあ、じゃあお店の方お願いね」
「はい」

とても褒められたと素直に思いにくいが、可愛くてすべすべした手触りはやっぱりテンションをあげる。気を取り直して店に出ると「こっち」と青音さんの声の方へ向かう。このお店は品物を並べてあるギャラリーと応接室、そして在庫を管理している部屋で構成されている。
どうやら在庫室で作業があるようだ。やはり和室に上がると手で抱えるくらいの大きな段ボールが一つ開けられているところで青音さんが中から器を取り出している。

「これを大きさと種類別に並べて」
「はい」

お皿やコップ、ボウルなどカラフルなものから地味なもの、50点ほど出てきた。私はとりあえず、コップはコップ、お皿はお皿とグループを作って仕分けする。
「ふう。これで全部か。今日はこれを査定するから。一緒に鑑定しよう」

「わかりました」

この『アンティークショップ・紺碧』では骨董品の査定を行って、買い取ったり、販売したりするようで、お客さんが頻繁に訪れるわけではないみたい。それでも一日一組は遠方からやってくる。インターネットで売り買いできる時代だが、やはり好きな人はちゃんと直に手に取って確認したうえで購入するらしい。
まず青音さんがコップを見始めた。

「なんだか統一感がないですね」
「うん。このお客さんはテレビの影響で単純に高そうな骨董品を手に入れてただけなんだろう。趣味が感じられない」
「はあーなるほど」

好きな人は傾向がちゃんとあるもののようだ。10点ほどあるコップから1つだけ青音さんは手に取り「これぐらいだな」と言う。

「後のだめなんですか? これなんかすっごく古そう」

私はひび割れが目立つ古ぼけたごつごつしたコップを手に取る。青音さんはそれを手に取り解説を始める。

「この湯呑はそこが黒いから古そうに見えるだろうけど、ちょっと匂いを嗅いでごらん」

コップの底を向けられ私はフンフンと匂いを嗅いでみる。

「んー、なんだろなんか習字っぽい匂いがする」
「桃香、なかなか鼻がいい。そっ、ここに墨を塗ってるんだ。古く見せるために」
「へええー! そんなことするんですかあー!」
「価値としては機械生産で、時代も新しいし汚れてるだけだから、これ使うくらいなら新品の湯呑を100円ショップで買った方がましだな」
「はあー」

コップ一つでこんなに感心させられるとは思わなかった。次に皿を見始める。この中にはまともなものはないようだ。

「これはダメですか? テレビで観たことあります。コイマリだっけ」
「絵柄は確かに古伊万里だけどプリントだな」
「これがプリント……」
「しかも粗悪だ。ここを良く見て」

手に取って眺めている皿を取り上げることなく、青音さんは後ろから私の顔の隣に顔を寄せてくる。もう少しで頬が触れそうに近く、私はドキドキし始めた。青音さんは近さなど気にせず皿の端を指さし「ほら、ここ。プリントがズレてるだろう」と耳元で囁くようにいい声で説明してくれる。

「ほ、ほ、ほんとですね」
「ん。ちゃんと良く見ないとな」
「は、はい」

髪で隠れているが私の耳たぶはもう真っ赤になっているはず。手が震えてお皿を落としてしまいそう。

「じゃ、こっちも見よう」

ふわっと青音さんが遠ざかり残りの品物を見てもう2点ほど分けて後は箱に詰め始める。

「買い取れるのはこの3点くらいだな」
「え、これだけですか?」
「今回はまだ多い方だね。中には100点あっても1個もないこともあるからね」
「はあー」

価値があるものが多いのか、偽物が多いのか。全くすごい世界だなあと思う。それでも品物を扱う青音さんの手付きはとても優しく丁寧で粗悪品だと言っても乱暴に扱うことはない。一つ一つの器を見る目は真剣そのもので隅から隅まできちんと見ている。
さっき、私の姿を上から下までこんなふうにしっかり見てくれたのかと思うと恥ずかしいけど嬉しい。クールな印象だけど、心が冷たいわけじゃない。心が冷たければ町の平和を守ろうなんてしないだろうから。
今日はお店に飾ってある陶器の説明を聞き、掃除をして終わった。ハタキをかけて箒ではいて、雑巾で拭く。自分ではあまりしない掃除の仕方だけど気持ち良かった。
外が薄暗くなると店の外に置いてある看板と陶器の狸をしまった。

「桃香。スーツ持ってきた?」
「はい。3着とも」
「じゃ、これにスカート縫い付けておくから置いて帰って」
「青音さんが付けてくれるんですか。付ける布あれば、自分で付けられると思うんですけど」
「いや。強化された布だから君じゃ無理だ。針も僕たちが開発したオリハルコン改の針を使うんだが力がいる」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちだ。助かるよ」
「そ、そんな」

青音さんはあまり感情を見せないので、優しい言葉をかけられるとなんだかすごくドキドキしてしまう。

「じゃあ、また明日頼む」
「はいっ! お疲れ様でした」

今日はとても教養が身についた一日だった。そして遠目から見るとクールな青音さんは、実はきちんと観察をする丁寧な人だということを知れて嬉しい一日でもあった。
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