囚われのシンデレラ【完結】

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「……あずさ」

優しく呼んでくれる声は、いつだって、私の心を甘く溶かしてくれた。

「あずさ」

その大きな手のひらは、いつも、優しく大切に扱うみたいに私の頬に触れて。
愛おしそうに見つめてくれた。

あずさ、好きだ。

西園寺さんに触れてもらうと、とっても幸せな気持ちになれた。
好きだよって、その視線で手のひらで、全部で伝えてくれていた。

どうしたら、あの頃に戻れますか――。

「あずさ、起きろ」

え――?

夢を見ていた。7年前の、西園寺さんの夢。
西園寺さんの声が、鮮明に聞こえて目を開く。

「……えっ?」

私を見ている視線。

「あ、あのっ、私――」

今日は大晦日で。確か、母の病室にいたはずだ。

なのに――なぜか今、車の中にいる。そして、運転席に西園寺さんがいる。

「どうして? あれ?」
「何も言わずに連れ帰って来てすまない。病院に行ったら、君が寝ていたからそのまま連れて来た」

どうして私は目が覚めなかったのだ。自分が信じられない。

確かに、マンションを出たあの日からほとんど寝られていなかった。仕事をしている時、母といる時は忘れられた。でも、一人になるとどうしてもいろんなことを考えてしまって仕方がなくて。病室で母と一緒に夕飯を食べたら、ここ数日の睡眠不足からうとうととしてしまった。

そもそも、連れて来たって、どうやって病室から車に運んだの――?

考えるだけで恐ろしくて、聞くことも出来ない。

それに。西園寺さんに会うのは、あの夜以来だ。

「い、いえっ。私の方こそ、すみません。ご迷惑おかけしました」

車内の狭い場所で二人きりでいることに、急速に鼓動が早くなる。

「母のお見舞いに来てくれたんですか? あ、ありがとうございます」

どうしても西園寺さんを直視できなくて、視線を自分の膝の上の手に向けてしまう。

「ああ。勝手に押し掛けて悪かった。でも、お母さん元気そうで良かった」
「手術費用も、あの個室代も、何もかも全部、本当にありがとうございます。それなのに、家を空けてすみません」

それは全部私のわがままだ。西園寺さんの妻となることを決めたくせに、逃げ出すなんて本当は間違ってる。分かっているのに、どうしてもあの部屋にいられなかった。西園寺さんに会うのが怖かった。

「――いや。謝るのは俺の方だ。君に、妻としての役目は一切求めないと言った。なのに、あんなことをした。約束を破ったことを謝るよ。この通りだ」
「い、いえっ、あれは、私が――」

謝る西園寺さんに、慌てて顔を上げた。西園寺さんが泥酔しているのを利用して、抱いてほしいと言ったのは私だ。

「もうあんなことはしないと誓う。安心してくれ。でも、戻って来るのは、君が帰りたくなった時でいいから。落ち着いたら、帰って来てくれ」

改めて窓の外を見ると、そこは私のアパートの前だった。西園寺さんは、マンションではなくこちらに連れて来てくれたのだ。

「じゃあ、おやすみ――」
「あ、あのっ」

そんな西園寺さんを前に、そのまま別れてしまいたくなくて。

「年越しそばは食べましたか? もし食べていないなら、食べて行きませんか?」

頭で考える前に、そう口走っていた。

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