夜明けを何度でもきみと 〜整形外科医の甘やかな番外編〜

いつかの夕星

 菜胡が寮から新居に引っ越した。その荷解きをしている時だった。

「菜胡、この箱はここにいったん置いておくね」
 小ぶりな段ボールを両腕で抱えた棚原は、それを床に置いた。

「書類って書いてる」
 それに軽く手を当てながら、菜胡に問いかけた。

「あ、それは古い資料です、捨てようか迷ったんですけど、見返したくなる時が来そうなので……研修のレジュメだったり、外来でもらった骨の資料だったり」
「へえ、研修」
 言いながら、箱を開けて中のファイルを手に取った。心電図マニュアルだったり、患者に渡す用の骨の図などがあった。

「その心電図マニュアルは、新人の頃に参加した『心電図の見方』という研修のものです。整形外科だから要らないかと思ったけど、何かの役に立つだろうからって。でも一度も心電図は触ったことがありませんね」
 そう言って笑った菜胡に、棚原が少し不思議な顔で問いかけた。

「心電図の――研修……?」
「え、はい。心電図メーカーの近くにある中規模の病院が会場だったんです」
 棚原は手にしたものを箱へと戻して、菜胡に向き直った。

「もしかしてそこで迷子にならなかった?」
「え――? なりました、けど……どうして?」
 棚原は額に手を当てて大きく息を吐いた。思い出したのだ、あの時、迷子の子を案内したことを。

「はー、まじか。その時に案内してくれた先生の顔覚えてる?」
「いやお顔までは……どして?」
「……案内したの、俺」
 え! という菜胡の発した大きな声が、まだ家具の少ない部屋に響いた。
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