一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
「そんなに警戒しなくても。
取って食べたりしないし」

「はぁ……」

「まだ本調子じゃないでしょ。
朝から撮影ぶっ通しで、いまならオレの方が非力だし」

だから安心して、とでも言うように軽く手招きされ、つい反射的にソファーに座った。
せめてもの抵抗として二席ほど開けて座り直してみるけれど、なんだか負けたような気分になった。

「今日は撮影する気ないし、ゆっくり荷ほどきしたら?」

荷ほどき……それはつまり、ここで俺が暮らすということ。
戸惑いを察したように、クロエさんが口を開く。

「オレの事、信用できない?」

「えっと……クロエさんがすごい人だっていうことは、わかりました」

「すごい、ねぇ」

他人事のように宙を見て、煙草を軽く噛む。

「バイトに困っているのは事実です。
でも被写体とか、その……人肌恋しくなったとき、とか……。
意味が、わからないんですが……」

人、肌、恋しい

ただの単語の集合体だとわかっていても、口にするのは躊躇ってしまう。

クロエさんは急にむくりと起き上がると、近寄ってきた。
細い首に開いた、ヴァンパイアの噛み跡のようなピアスに目を奪われてしまい、逃げるタイミングを失ってしまう。

この人には、いくつピアスが開いているのだろう。
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