一夜の過ちは一生の過ちだった 【完】
「いらっしゃい」
姫野さんは、いつも通りの柔らかな笑顔で迎えてくれた。
ライムとレモンからは、また熱烈な歓迎を受けた。
ちぃちゃんは、家に帰ったらまた妬いてしまうかもしれない。
「姫野さん、これ良かったら」
「ありがとう。手ぶらで良かったのに。
でも、ここのチョコケーキ大好きだから嬉しい。
今日は深煎りの豆にするね。苦味とコクがあって、きっとケーキと合うから」
「ありがとうございます。楽しみです」
本当は、ミントチョコのスイーツを買おうと思っていた。
姫野さんもミントチョコが好きだと言っていたから。
ショーケースに並ぶミントチョコのケーキやタルトを見て、姫野さんの笑顔が浮かんだ。
だけど、買えなかった。
クロエさんが作ってくれた、ミントチョコのアイスクリームを思い出してしまったから。
今までは何かの拍子に茉莉香がチラついた。
だけど、これからはこうやってクロエさんがチラつくんだろうか。
自分には、綺麗に割り切る事も、忘れる事も出来ない。
姫野さんはホットコーヒーを淹れてくれた。
芳ばしい香りが漂う。
ケーキともぴったり合っていた。
まだ8月ではあるものの、今日は少し肌寒い。
ケーキを買うために立ち寄ったデパートのショーウィンドウは、もう秋色に変わっていた。
長袖を着た人も、何人か見た。
こうやって夏が終わっていくんだろう。
終わってしまえば、あっという間だ。