御曹司の溺愛から逃げられません
「瑛太さん。ありがとう」

「いいんだ。香澄が作ってくれる時もあるけど、俺が作る日があってもいいだろ?」

笑いながらチキンを取り分けてくれ、私の目の前に置いた。少し生姜の香りがして、さっきまで全く食欲がなかったのが嘘のようにお腹が空いてきた。
目の端に浮かんできた涙をさっと袖口で拭うと私は手を合わせた。

「いただきます」

人が作った料理は久しぶり。
なんだか優しい味がして、料理した彼の心を表しているようだった。

「美味しい」

「よかった」

それだけ言うと私の頭を撫でてくれた。
ふたりで横に並び、ご飯を食べているだけで幸せを感じる。

「瑛太さんの仕事はどう? 忙しそうだけど疲れてない?」

昨日聞いてあげらなかったのが気になっており、私が口にすると彼は苦笑いを浮かべていた。

「そうだな。ま、大変だよ。色々と振り回されてる、かな。だから久しぶりに香澄と並んでご飯が食べられてホッとしてる。やっぱりいいな」

「移動したばかりだもん、忙しいよね? でも瑛太さんからサラッとこなせちゃいそう」

「そんなこともないよ。でも楽しいから頑張るよ」

楽しい、かぁ。
私も仕事は楽しい。雑務が多いけど苦じゃない。対人関係が少し拗れているけど、弱い自分がダメなんだ。
米田さんに言われたからって気にしなければいい。そんな強い自分になりたい。あの日彼はまた泊まってくれ、朝早く帰って行った。本社まではうちからだと遠いのに、気にするなと言ってくれギリギリまで一緒に過ごすことができた。

今まで通り私は朝早く出勤するのを続けている。服も少しずつ自分の好きなものを着ていくようになった。人の目が怖くて地味なものを気がちだが、それでも瑛太さんが心の支えになっていて力をくれている。
ごく稀に瑛太さんの仕事が早く終わる日があり、突然誘われる時に地味な私を見られるのが嫌だというのもあるのかもしれない。
私の見た目が劣るのは分かっているが、少しでも隣に並ぶのにふさわしくなりたいと思っている。
米田さんにはチラチラと私服を見られては周りのスタッフと笑っているのを見かけた。もちろん気持ちのいいものではないが、気にしてはいけないと言い聞かせぎゅっと手を握りしめた。
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