あなたに食べられたい。

 翌朝、栞里はジローのベッドの中で目覚めた。
 時計を見れば時刻は朝の五時。夜明けはまだ遠く、薄暗い室内で手探りで服を探す。
 栞里は隣で眠るジローのちょっぴり幼い寝顔を見て、静かに顔を綻ばせた。
 もっとゆっくり余韻に浸りたいとも思うが、今は時間がない。栞里は服を着ると急いで自宅に戻った。職場と自宅が隣にあって本当に良かった。
 仕込みの時間ギリギリに店にやってくると、既に麻里がいて食材の準備を始めていた。

「朝帰りー」
「ごめん……」
「楽しかった?」
「うん、すっごく……」

 麻里は話を聞きたくてうずうずしていたが、仕込みが終わってもまだやることは沢山ある。
 日常が始まっていくと途端に昨日の出来事は夢なんじゃないかと思えてくる。夢と現実の境目を確かめていると、今日もまた二時過ぎにジローがやってくる。

「ツナサンドとミックスサンド。あとコーヒー。イートインで」
「千二百円です」
「身体は平気か?」
「おかげさまで……」
「そりゃ良かった」

 短い会話ながらも調理場から全力で妹が聞き耳を立てているのがわかる。
 ジローはいつもの定位置に陣取るとサンドウィッチに齧り付いた。

 夢なんかじゃない。ちゃんとこの身体に刻まれている。

 昨日はあの手とあの唇で身体の隅々まで味わい尽くしてもらった。
 昨夜の痴態を思い出すとまるで自分が齧られているような錯覚に陥り、ほうっとため息が出る。
 夢見心地でぼうっとしていると、食事を終えたジローがトレーを下げにやってきた。

「そんな顔すんなよ」
「……そんな顔?」
「ベッドの中と同じ顔」

 昼間からなんてことを!!
 ジローに揶揄われると栞里の顔が真っ赤に染まっていった。

「好きだぞ、栞里」

 ジローからの突然の愛の告白を受け、栞里は目を見開いた。

「好きでもなきゃ毎日来ねーし、部屋にも入れないだろ。気づけよ、この鈍感」

 鈍感と言われても仕方ない。なにせ自分の気持ちに気がついたのだってつい数日前のことだ。
 すべてはあの台風の日から始まっていた。

「一晩だけじゃ全然食べ足りない。今日もいいか?」

 おかわりを要求された栞里は微笑みながら小さく頷いた。


おわり
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