星のゆくすえ

悪魔の契約

マーシャが捕まってから一夜が明けた。様子を見てこようと、小男がマーシャを放りこんでいる地下牢まで階段を下りてきた。
ランプを掲げて一段ずつ慎重に下りて、さらに奥へと進む。小男が暗闇の中で目をこらすと、マーシャは昨日と同じ姿勢で横たわっていた。

「お嬢さん、水と食いもんを持ってきたぞ。腹が減っただろう?」

小男は水と丸パンを乗せたトレイを傍に置いて、牢の鍵を開けた。マーシャの猿ぐつわを外し、手首を縛っていた縄を解く。
マーシャは小男に支えられながら身体を起こした。一睡もできなかったのか、白目が赤くなっている。

「…ずっと考えていたの」
「ん?」
「“黄金の子”について」
「…」

マーシャは水も口にせず、小男に語りかけるように、それでいて自分の記憶を整理するように話しはじめた。

「図書室の古い本にあったわ…。
 気が遠くなるほど昔、ある男が、十二歳になったばかりの息子を生贄にして、悪魔と契約したの。
 男は〝自分が触れたものは全て黄金になる力〟を手にし、莫大な富を築いたわ。
 けれど、男の妻は息子を奪われ苦しみ、悲しんだ…そしてわざと男の手触れ、自ら黄金の塊になった。
 男は嘆き、自身も黄金になって、その命を絶った。
 子どもたちは両親を地中深くに埋めて、自分たちが彼らの子であることを隠し、各地に散っていった。バレれば、“黄金の子”だと悪い人に狙われるから…。
 貴方は、あの騎士様がこの話にでてくる男の子孫だというの?」

マーシャは赤くなった目で小男を見据えた。小男は険しい表情でマーシャを見ていたが、やがて静かに、「そうだ」と肯定した。

「誰もがおとぎ話だと笑うそれを、大真面目に探しているお貴族様がいてね…。“狼の目”と結託し、“黄金の子”の血筋を探していたのさ。もしそいつが“十二歳以下の男の子”であれば一番良かったんだがね…悪魔と契約し〝自分が触れたものは全て黄金になる力〟を手に入れられるのだから」
「では私を狙ったのは何故? 私には何の力もないのに」

マーシャがそう言うと、小男はきょとんとして肩をすくめた。

「本当にわからないかい? あの騎士はーー」

小男は何かを言いかけたが、階段のほうからがなり声がした。誰かを呼んでいるようだ。
小男は舌打ちをすると、トレイを置いて牢を出た。鍵をかけるのも忘れない。

「それを食べて待ってろ」

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、階段のほうへ小走りで向かった。マーシャはその背が暗闇に紛れるまで見送ると、水を少しずつ口に含み、丸パンをちょっとずつかじった。

(体力は少しでもつけておかないと、逃げられるものも逃げられない)

マーシャは食べおえてしまうと、首と肩を回してから、足首の縄を解こうとまず結び目を探りだした。
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