星のゆくすえ

マーシャの祈り

“狼の目”による襲撃は、すぐに村長とラノンに伝えられた。

「すぐに皆に知らせるべきでしょうか?」
「やめておきましょう。昨日の今日ですし、いたずらに騒がせたくはありません」

村長は丸眼鏡を外して米神を揉んだ。無理もない。事件らしい事件といえば、どこそこの牛だか馬が行方不明になったがすぐ見つかった、ぐらいのこの村で、修道院の火事や人買い組織の襲撃やらがたて続けに起こっているのだ。心身への疲労は半端ないだろう。

「寄宿舎の外で見張りをさせていただきたいのですが、構いませんか?」
「もちろん、村としてはお願いしたいくらいです。…ですが、これ以上騎士様に負担をおかけするわけには」
「いえ、それは大丈夫です」

そう言ってリセラドは護符を四枚取りだした。長方形の白い護符で、模様とも文字ともつかない図が描かれている。

「“魔法具”でしょうか?」
「はい、これを寄宿舎に貼れば一晩だけ守ってくれます。…ラノン院長、」
「お願いいたします」

ラノンはマーシャの背を撫でながらそう言った。話し合う二人から少し離れ、ラノンとマーシャは寄りそって座っていた。椅子をぴったりとくっつけて、マーシャはラノンにしがみついている。
襲われたマーシャは今になって震えが止まらなくなっていた。井戸水で顔を洗い、リセラドに付きそわれて村長の家に入るやいなや、緊張の糸がふっつりと切れてしまったのだ。

「院長…」
「マーシャ、無理そうですか?」
「いいえ、もう大丈夫です」

言葉通りマーシャの顔色はだいぶ良くなっていた。マーシャが立ちあがって村長に会釈すると、ラノンとリセラドも頭を下げて、寄宿舎に向かおうと外に出た。

「では、おやすみなさい。お気をつけて」

村長の挨拶を背に受けて、三人は黙々と修道院へと歩いた。他のシスターたちは院長の言いつけですでに寄宿舎に戻り、明日に備えて早々に寝床へと滑りこみ夢の中だ。

マーシャは二人の後ろで、星空をそっと見上げた。聖者として神に認められた者は、その死後に天へと上りこの世を見守るのだと習った。そして亡くなった信徒たちをその懐に迎えいれ、瞬く星の一つになるのだと。

(ルネはきっと…“聖者ミリアム”のところにいるのよね)

幼くして亡くなった子どもや、女性たちの魂は、“聖者ミリアム”の元に迎えられる。彼女は国が異教徒に侵略されそうになった時、子どもたちを守るため一計を案じ、毒の酒で敵の将軍を弱らせ、その首を切りおとして持ちかえり、聖者と認定された。以来、子どもと女性を守護する聖者として広く伝えられるようになったのが彼女だ。

(私はもう子どもではないけれど、女だもの…ルネ、どうか、“聖者ミリアム”と一緒に修道院や村の皆を守って…)

マーシャは一人、静かに祈る。焼け落ちた礼拝堂を横切り寄宿舎の自室に入っても、長い時間、彼女は祈りを止めなかった。
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