婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
「分かりました。私が彼の婚約者になります」
「なんと! それはまことか!?」

「なっ!? なんだと!?」
(なっ!? なんだと!?)

 あ、心の声とハモった。
 しかも先程までの高い声じゃなくてイケボの声で。やっぱり声色まで変えているのね。その徹底ぶりには感心するわ。

「ヴィンセント……? 今のは……?」

 素の反応を見せたヴィンセント様を、公爵様とお父様が怪訝そうに見つめている。 
 その視線に気付いたヴィンセント様は、ハッと我に返ると、

「な、なんだってえー!? 君、僕と本当に婚約してくれるの!?」
(何故だ……何故断らないんだ!?)

 再び高い声となって大袈裟に驚きを表現すると、引き攣った笑みを浮かべながら私の元へと駆け寄ってきた。

「嬉しいなぁ! じゃあお礼として君にこれをプレゼントしてあげる!」
(じゃあこれならどうだ? さすがに引くはずだ)

 差し出された指先には、さっきまで彼が追い掛けていた蝶が羽を掴まれた状態でピクピクと動いている。
 飛んでる蝶を一瞬で捕まえたって事だろうか。しかも素手で。それはそれで凄いと思う。
 
 だけど、その考えは甘いわ。

「まあ、ありがとうございます」

 私は手渡された蝶を躊躇することなく、その羽を摘んで受け取った。

(な!? 受け取っただと!?)

「でも私は、蝶は自然に放してあげるべきだと思うのです。せっかく自由に飛び回れる羽があるのですから」

 そう告げた後、私は蝶を天にかざす様に高々と持ち上げ、羽の拘束を解いた。
 蝶は再び羽をパタパタと羽ばたかせて空高く舞い上がり去っていく。

「あ……」

 再び追いかけようとしたヴィンセント様の腕を、すかさず私はガシッと掴み取った。

 
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