婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
「!?」
(な!? 俺に触るな! ……っていうかこの女、力強すぎじゃないか!?)

 やかましいわ。
 こちとら毎日畑仕事に薪割り、井戸で水汲みに勤しんでいるのよ。女だからって舐めんじゃないわよ。

 心の中で悪態をつきながらも、私は腕にしがみ付いたままヴィンセント様に向けてにっこりと微笑む。

「ヴィンセント様。虫さんだって精一杯、生きているのです。いくら可愛いからと言っても、自分勝手にその自由を奪ってはいけません」

 そう告げて、私は少しだけ瞳を潤わせる様にして猫なで声で彼に囁く。

「どうせ奪うのなら、あなたの愛の拘束で私の自由を奪ってくださいませ」
「……!?」
「ぶふぉおっっ!!」

 私の言葉に、ヴィンセント様は笑顔を引き攣らせて硬直し、私の横ではお父様が盛大に吹き出して口元を押さえてプルプルと震えている。
 ちょっと二人とも。せっかく愛らしい婚約者っぽくしてみたのに、その反応は失礼すぎやしないだろうか。

 その時、ヴィンセント様の着ている服の袖が捲り上がり、逞しい腕がちらりと見えた。その腕の表面は鳥肌でびっしりと覆われている。恐らく私が腕を掴んでいるのが原因なのだろう。
 彼の女性嫌いはかなり深刻みたいね。

 私がヴィンセント様の腕から手を放して拘束を解いてあげると、彼は安心した様にホッと息を吐いた。
 
 さて、どうしようかしら。
 いくらカチンときたからといっても、これはさすがにやり過ぎたかもしれない。
 「ごめんなさい。やっぱり気が変わったのでやめます」と引き返せるのは今だけだろう。
 だけど出来る事ならそれはしたくない。なぜなら私は生粋の負けず嫌いだから。

(なんなんだこの女は……? さっきの俺の行動を見ていたはずだろ? それなのに婚約者になるとか……気は確かなのだろうか)

 あなたに言われたくないわ。

 思わず飛び出しそうになったその言葉を、私は思い切り奥歯で嚙み殺した。
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