婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
 一緒にお茶の時間を過ごした時は、猫舌を装い、いつまで経ってもお茶を飲むことが出来ず、あげくに自らの服に零す始末。ケーキを食べれば、服と口元はクリームでベトベト。
 そんな彼のお世話をする私の姿は婚約者というよりも母親そのものだろう。それか、坊ちゃまのお世話役のメイドという感じだろうか。

 だけど、そんな私の姿を見て、

(手を煩わせてすまない)

 と、反省する様に心の声で謝罪してきた。

(こんな俺の姿を見ても呆れず、手を貸してくれるなんて……レイナはちょっと変わっているな)

 そこは素直に優しいなって言えばいいんじゃない?

 そんなツッコミを心の中で呟きながらも、いつの間にか『レイナ』と呼ばれるようになった事に、密かに胸を熱くしていた。
 時には農作業を共にする事もあった。
 お父様はヴィンセント様にそんな事をさせる訳にはいかない、と必死に拒んでいたけれど、彼の強い希望もあっての事だった。

「僕もお野菜育ててみた~い! お野菜なんでも食べられるんだよ! すごいでしょ!」

 と、表でははしゃぐ姿を見せながらも、

(食事も頂いているというのに、何も返さない訳にはいかない。少しでも働いて役に立たなければ)

 と、心の中はやる気に満ち溢れていた。

 実際に作業をしてみれば、よく転ぶ彼の全身はあっという間に泥にまみれた。
 だけど遊びながらも、なんだかんだでよく働いてくれたおかげで作業はいつもより捗った。

(レイナはいつもこんな大変な事を手伝っているのか……。馬鹿力なんて思って申し訳なかったな……。彼女がこれまで頑張ってきた証でもあるのに)

 彼の心の声に、気持ちが救われる事もあった。
 
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