婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした

12.脆く儚い存在 ※ヴィンセント視点

 パーティ―会場を後にした俺は、長い廊下を歩きながら湧き上がる怒りで拳を強く握りしめていた。

 レイナが金目当てで俺と婚約しただと?
 ふざけるな。彼女はそんな人ではない。その家族も信頼するに足る人達だ。

 父上があの地へ多額の寄付金を贈った事は知っている。だが、それは全て被災した人達や被害の大きい地域の修繕に充てられていた。
 でなければ、辺境伯という爵位を持つ人間とその家族が、補修もままならないあんな古びた屋敷に住んでいる筈がない。
 使用人も雇わず食事も掃除も全て自分達で済ませ、それでいて毎日休む事無く汗水流しながら農作業に勤しんでいる。とても貴族がするような生活ではない。
 それなのに、レイナは不満の一つも言わず、それが当たり前であるかのように自分がやるべき仕事を黙々とこなしていた。
 
 レイナは他の女性達とは違う。それはすぐに分かった。

 最初はベタベタと体に触れてくる事もあったが、それもすぐになくなった。必要以上に近付いてくる事もなかった。
 それに俺がどんなに無様な姿を見せても、呆れる事無く優しく手を差し伸べ助けてくれる。
 戸惑いはしたものの、そんな彼女の優しさに救われる事もあった。
 彼女と過ごす時間は、不思議なほど心穏やかに過ごせた。
 あまり感情を表に出す事がない彼女だが、畑仕事をしている時の表情は生き生きとしていた。収穫した野菜を手に嬉しそうに笑う姿には思わず「可愛い」と呟きそうになった。
 その後、なぜか彼女は急に真っ赤になって恥ずかしそうにしていたが……そんな姿も可愛いと思った。

 女性に対して激しい嫌悪感を抱いている俺が、まさかそんな風に思える相手が出来るなんて……。

 あの時の俺は思いもしなかっただろう――。



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