婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
 人は誰だって自分が一番でありたいもの。

 良い自分をみんなに見てほしい。醜い部分は心の中に隠して。
 少しでも自分の立ち位置を高く見せようと、隙あらば他人を蹴落として。
 だけど考えてみればそれって普通の事なのだろう。それが人間の本能でもあるし。

 そうやって誰よりも魅力的な自分を作り上げ、異性の目を惹き自分の子孫を残してきたのだから。

 だけどヴィンセント様のしている事は、それとは全く逆。

 本当は優しくて気遣いも出来て頭も切れる。誰よりも優れているであろう自分を心の中に隠して。何も考えていない様な無知な子供を表に出し、周囲から蔑まれ笑われて生きている。
 
 彼にとっては、自分が人からどう思われるかよりも、自分が人を傷付けない事の方が大事なのだ。
 そうやって彼は、一体どれだけ傷付いて生きてきたのだろう。

 子供だから、無能だから、異常だからって……好き勝手言っていいわけ?
 強い人間だから、泣かないからって……傷付かないとでも思っているの?

 傷付くに決まってるじゃない。


 心がそこにあるのだから。


 彼が抱える心の傷に、気付く人はいないだろう。
 自分を犠牲にしてまで人を思いやる彼の優しさにも、誰も気付きはしないだろう。
 彼がひたむきに心の奥に隠し続けているのだから。

 だけど私は知る事が出来た。
 彼の優しさも。傷だらけの心も。
 そんな彼の本当の姿を知る事が出来たから、私は――。

 あ……そうか。
 これってつまり――。

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