婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
(これは酷いな……)

「レイナちゃん、すぐに傷の手当てをして帰ろう」
「え……? でも、まだ国王陛下に御挨拶が――」
「必要ないよ。そんな事よりもレイナちゃんの方が大事だよ」

 真剣な顔でそう言われて、思わず顔が熱くなる。
 声色も喋り方も少しだけ落ち着いてはいるものの、いつもの彼とそんなに変わりはない。
 ただ……こんな風に優しく声をかけてくれたのは初めてかもしれない。

 心の声だけは、いつも優しかったけど……。

 ヴィンセント様の言葉に、思わず絆されそうになったところでハッと我に返った。
 まだ帰る訳にはいかない。少なくとも、国王陛下に御挨拶するまではここにいなければ……。
 こんな傷くらいで公爵様から任された大事な使命を放棄する訳にはいかない。

「いえ、私は大丈夫です。こんな傷、痛くも痒くもないです」

 そう言って引っ込めようとした手は全く動かない。
 ヴィンセント様が私の手をしっかりと握っているからだ。
 その表情に影を落とし、ぼそりと呟いた。

「大丈夫じゃないよ。こんなに傷だらけなのに」

 それは右手の甲の傷の事を言っているはず。
 そのはずなのに……じわりじわりとその言葉が胸に染み込む様に広がっていく。
 ふいに、胸の奥の方から何かが込み上げる様な感覚に襲われた。

「……レイナちゃん?」

 ヴィンセント様が何かに驚く様に目を大きく見開き私を見つめる。
 なんでそんな風に私の事を見ているのだろう。

(レイナ……泣いているのか……?)
 
 え……?


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