婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
 ヴィンセント様の前まで連れてこられたマーガレットは、怯える様に恐る恐るヴィンセント様の顔色を伺う。
 だが、ヴィンセント様の表情はマーガレットの父親に向けていた表情(もの)とは打って変わり、その雰囲気は段違いに柔らかくなっている。笑顔は見られないものの、どこか陰のある美しい青年という感じがする。
 そんな様子に安心したのか、マーガレットの真っ青だった顔色はみるみる赤みを帯びていく。

 ヴィンセント様はこんな風にあらゆる女性達のハートを射止めてきたのだろうか。
 本人にその気はないのだろうけれど……。

「マーガレット嬢。私の婚約者が君に何かしたというのか?」
「あ……その……」
「私はただ真実を知りたいだけだ。正直に話せば悪いようにはしない」

 優しく囁かれて、マーガレットは目を閉じ……次に目を見開いた時には、その瞳はウルウルと大袈裟なほど涙が滲んでいた。

「実は……レイナ様は……私の事を侮辱したのです! 心が醜いと……はっきりとそうおっしゃいました! 今日会ったばかりなのにも関わらず……あと、私の存在が不快だから殺してやりたいとも言われました! 扉も壊す程の怪力の持ち主ですし……本当に怖くて……うっうう……」

 なんだろう。似たようなシーンを少し前にも見た様な気がする。
 あと、私は首をギュッと絞めて物理的に声が出るのを防ぎたいとは思ったけれど、物理的に殺したいとは思っていないし言ってもいない。そこを勘違いしてもらっては困るわ。

 マーガレットは再び顔を手で覆い隠すと、すすり泣く声を一心に漏らしている。
 ヴィンセント様はその様子を全く表情を変える事なく見つめながらゆっくりと口を開いた。

「そうか。だが、レイナは何の理由もなく人を悪く言う様な女性ではない。マーガレット嬢、彼女にそのような事を言われる心当たりがあるのではないか?」
「え……? それは……」

 ふいに顔を上げたマーガレットの瞳には涙など見られない。
 やはり嘘泣きかと思っていると、その顔色が再びサーッと青く染まっていく。

 ようやく気付いたのだろう。自分がヴィンセント様や公爵様を侮辱するような発言をしていた事を。

< 58 / 75 >

この作品をシェア

pagetop