婚約破棄されたい公爵令息の心の声は、とても優しい人でした
 こういう時こそ、心の声を聞いて確認したいのに……。そう思いながら感覚を研ぎ澄ませてみるも、やはり心の声は沈黙を貫いている。

「レイナ」

 ふいに、ヴィンセント様が優しい声で私の名前を呼んだ。

「……はい」

 私もいつになく、しおらしく返事をしてしまう。
 すると、ヴィンセント様は少し困った様に笑った。

「驚かせてすまない。こんな俺の姿に戸惑うのも当然だろう。レイナは子供の様な俺の姿しか見た事がないのだから」
「……はい」

 確かに、本来のヴィンセント様の姿を見るのは初めて。だけど、その事に違和感は感じていない。
 ずっと彼の心の声を聞いてきたから、本当はどんな人なのか、どんな口調で話をするのかは知っていた。
 ただ、実際にその姿を前にしてみると、予想以上のイケメンっぷりに動揺している訳で。

「さっき言った通り、どうやら階段から落ちて頭をぶつけた衝撃で元の自分に戻れたようだ。……だが、子供返りしていた時の記憶もちゃんとある。だからレイナが俺に優しく接してくれていた事も……全部覚えている」

 うん……。それは知っている。全部自作自演だものね。

「それと……君があの場で、俺の名誉を守ろうとしてくれた事もだ」

 照れる様に頬を赤らめ、嬉しそうにそう言ってくれた事はありがたいのだけど……それは記憶から消してほしかった。

 今になって思えば、恥ずかしい事を色々と言っていた気がする。
 壁は壊すし、首絞めたいとか心の声が聞こえるとかも言っちゃってるし……。

 あと……真実の愛なんて……。

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