災厄の魔女が死神の愛に溺れるとき
エピローグ

 ルーナがアドリアンと共に生きていく事を決めてからしばらく経ったある日の朝。アドリアンはルーナを外出に誘った。

「ルーナ、今日は君を連れて行きたいところがある」
 ベッドの中でまどろんでいたルーナを後ろから抱きしめながら言ってくる。寝起きで、まだ頭が働かない。昨夜だって遅くまで寝かせてもらえず、まだ身体は気怠い気がする。

「今日は……腰が痛いから歩けない」
 数回に一回、アドリアンはルーナを抱き潰す。その事で身体が気怠いこと、腰や股関節が少し筋肉痛な事を暗に訴えた。

  *  *  *

 朝食後、ルーナがアドリアンに抱かれて連れられて来たのは、ある町の上空だった。遥か下に見える町の真ん中には川が流れていて、その両岸に小さな建物がいくつも見える。上流の方は空き地も目立つし、あまり栄えていないような町に見えた。裏寂しい、貧しい町に見えた。

 何となく見覚えがあった。

「……あ、私が住んでいた町?」
 アドリアンに抱きついて身体を強ばらせた。

 ――あんな川、あっただろうか。

「うん。そうだけど、大丈夫。あそこには降りない。用は無いし降りる価値も無い。この町は、いつかの雷雨で壊滅的に被害を受けた。しばらく経つけど、彼らは自分らの足で立ち直ろうとしているから大丈夫だ。今日の目的はもう少し北の方だな」
 先ほど見えた上流の空き地にストっと降り立って、ルーナは懐かしい空気を感じ取った。

「ここ……」
「ルーナを家から連れ出した直後、近くの森に雷が落ちた。火事が起きて飛び火しルーナの家も全焼してしまった」
「そうだったの? そっか、全焼……」
「全焼したまま残っていたら、ルーナがまた変な話に巻き込まれてしまう恐れがあったから、畑と作業小屋諸共、俺が消し去った。黙っていてすまなかった」
 アドリアンを見上げる。

「ううん、ありがとう。燃えた家が残っていたら、アドリアンの言う通り、きっと災いの全ては私のせいになってた。いつか魔女がこの町に移り住んでもいいって思える時が来たら、ここに家を建てればいい。そうして続いていけばいいな」
 隣に立つアドリアンの左腕を持ち上げて、腕と身体の間に滑り込んで、腰に腕を回す。

「さ、次」
「ん?」
 ルーナを小脇に抱えて、アドリアンは森の奥へ向かう。見覚えのある場所に着いて、自分が最後に見た光景とまるっきり違う様子に驚いた。

「え、こんなに、花が……もしかしてアドリアンが植えてくれたの?」
 雷雨の夜、ルーナを自身の城に連れ帰ったアドリアンは、彼女を家来に託してここへ戻ってきた。雷に打たれて燃えた森の飛び火を受けた家は全焼した。持ち出せるものは何一つなく、そのまま立ち去ろうと思ったが、この光景を見た町の者がまた勝手な事を言い出すのでは、と危惧した。そうなったら我慢ならない。これ以上余計な事を言われないように、と思い、家と、作業小屋、薬草畑これら全てを無に帰した。畑にあった穴も、建物が建っていた跡も、何もかも跡形もなく消し去った。万が一、ルーナの不在を気にして見にきた町の者が一人でもここを訪れたとき、彼らが何を思うか。その頃には自浄作用が効いているだろうか。アドリアンはそこまで面倒は見ない。そこまでする義理はない。

 更地となった跡地には芝生を植えた。フランの墓周辺には結界を張っておいた。彼女に害を与えた者には気づかれないようにし、落ち着いた後にルーナが来られるよう、周辺には花を咲かせた。通りからも離れているし、未来永劫、結界がある限りは荒らされる事はない。

「きれい。これでフランも寂しくないわね……ありがとう、アドリアン。また来てもいい?」
「もちろん。何十年先も、何度でもこよう」
 ルーナを抱き寄せて額に口付けてきたアドリアンに微笑み返す。

 それはアドリアンが見てみたかった、輝くような笑顔だった。
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