あの夜は、弱っていたから

仕事終わりの一杯

カラン

扉を開けると、ベルがいつもと変わらない音を鳴らす。

「涼ちゃん、いらっしゃい」

バーのマスターが、優しい笑顔で迎えてくれて、1週間溜まった疲れを、半分ほど吹き飛ばしてくれる。

「いつもの?」

「はい。お願いします」

金曜日の仕事終わり、帰り道にあるビルの地下にある、こじんまりとした隠れ家的なこのバーに足を運んで、お気に入りの一杯を飲むのが、私の自分へのご褒美。

「はい、ソルティドッグ」

「ありがとうございます」

すぐに出てきたカクテルを口に運び、身体中に行き渡るのを感じる。

ほっと息を吐いて、グラスを置いた。

カランッ

来客を知らせるベルが聞こえて、扉の方へ視線を向ける。

「涼、来てたのか」

お店に入ってきたスーツ姿のよく知る人物が、自然な流れで私の隣に座った。

「淳史も、今帰り?」

「ああ。マスター、いつもの頼む」

慣れた様子で声をかけると、きっちりと締めてあるネクタイを緩めた。

「…今日はデートじゃないの?」

「ああ、俺、今フリーだから」

淳史の返答に、驚きはしない。たまにやりとりをする会話だから。

「お前は?まだ見つかんねーの?運命の人」

「……。だからここに来てんのよ」

そう答えると、淳史はくくくっと笑った。




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