愛のかたち
 数日後、彩華は久しぶりに『いとう家』の暖簾をくぐった。

「いらっしゃい」

 健太の声を聞くと安心する。
 カウンターで項垂れる見覚えある背中に目を遣ってから、彩華は健太に尋ねた。

「翔ちゃん?」

 その声に、肩をびくつかせて顔を上げたのは、やはり翔だった。

「彩華……」
「翔ちゃん、元気にしてた? ……って、先週会ったね」

 彩華はぎこちない笑顔を向けた。

「全然元気じゃねーよ」

 翔が伏し目がちに言った。

「体調悪いの?」
「そうじゃねーよ。……お前、ひとり?」
「あ、ううん。野上さんと待ち合わせなの」
「えぇっ!?」
「えっ!?」

 翔のあまりの驚きように、彩華は目を見張った。鉢合わせが気まずいのだろうか。
 咄嗟に話題が思い付かず、どうしたものかと考えあぐねていると、突然健太が「翔」と呼んでから言った。

「座敷空いてるから、移動すれば?」

 元夫婦への気遣いだろうか。健太にそう言われ二人で奥の座敷へ移動するが、近況報告をしたところで翔は興味があるのだろうか。
 彩華のほうも翔の家族のことを平然と聞けるくらいにまでメンタルが回復しているわけではなかった。

「野上さん来たら教えてね」

 彩華が健太に伝えると、返ってきたのは想定外の言葉だった。

「多分野上さん来ないよ」
「え?」

 訳がわからず彩華が首を傾げていると、健太は翔に目を遣り「そういうことだよ」と言った。

 どういうことだろう……。
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