あなたしか知らない


母が少しでもよくなって一日でも長く生きられるのが一番なんだと祐奈は気を引き締めた。

秘書から「そろそろお時間です」と声がかかったが、広宗は「少し話しが盛り上がって」と予定を変更させてしまう。

「あ、あの……」

広宗は、戸惑う祐奈に仕事よりこっちが優先だという視線を向けた。
今後のことをあれこれと話合っているうちに、祐奈と広宗には奇妙な連帯感が生まれていたのだ。
いつの間にかふたりは、年齢や立場を超えて同士のように心を通わせていた。

「すべては、千景のためです」

広宗は、自分が会社を継がずに祐奈の母と結婚していたらこんなことにはさせなかったと話す。

「このまま千景を失ったら、後悔してもしきれない」

自分にできることなら何でもすると、祐奈に約束してくれた。
『ひと目会って欲しい』と願った以上の好意に、祐奈の方が申し訳なさでいっぱいになるほどだ。




この日から、祐奈と広宗は秘密を共有ことになる。
祐奈は、大好きな母が一日でも長く幸せでいられるために。広宗は、過去に愛した人の命を守るために。
決して広宗の家族や世間に知られてはいけない関係だ。

その結果がなにを招くか、この時のふたりにわかるはずもなかった。




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