あなたしか知らない
過去
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大学を卒業する少し前に亡くなった祐奈の母の松浦千景は、華奢で美しい人だった。
薄幸という言葉は母のためにあるのではと思うくらい、過酷な人生を歩んでいた。
いや、単に運がなかったのかもしれない。とくに男運がなかったのだろう。
祐奈の姓が有安なのがその証拠だ。
母は京都の大きな料亭『まつうら』のひとり娘に生まれ、跡取りとして幼い頃から教養や作法を仕込まれたという。
両親が年取ってから授かった子だけに、とても大切にされていたそうだ。
やがて見合いして婿に迎えたのが、京都市内にある老舗の料理旅館『桜楽』の次男だった祐奈の父だ。
だが祐奈が生まれる前にあっけなく電車の事故で亡くなってしまった。
母の運命はそこから転落し始めた。
悲しみの中でなんとか祐奈を産んだが、未亡人となった母に高齢の両親と乳飲み子の祐奈、そして『まつうら』がのしかかる。
まだ若かった母は、どれほど心細かっただろう。