あなたしか知らない
恋してはいけない人


***


(まさか、まさか、まさか)
 
大学と共同で取り組む新薬事業に西尾製薬が関係していたことより、凌が広宗の息子だったことのほうが祐奈にとって衝撃だった。

(あの人は西尾凌さんだった)

広宗とは知り合って何年も経つが、妻や子のことを話題にしたことはない。
母からも広宗が亡くなった兄の妻だった人と再婚した話は聞いていた。そして、連れ子がいたことも。
年齢的には凌がそうとしか思えない。

(凌さんが広宗さんの義理の息子さんなの?)

小早川教授の研究と新薬の開発は凌が結びつけたのだろう。

(せっかくおしゃべりできるようになったところだけど、凌さんは私が関わってはいけない人だ)

母と広宗の関係を知られてはいけないと、祐奈は胸に刻みつける。

(どうしてこんな出会い方をしちゃったんだろう)

祐奈は今になって、凌のことがこんなにも気になっていたのだと気が付いた。
初めて魅かれた人は、母の恋人の義理の息子らしい。
洗い場に食器を運びながら、祐奈の手は小刻みに震えていた。

(どうして……)

祐奈は仲居たちに頼んで、凌のいる座敷は避けてアルバイトを続けた。






< 54 / 92 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop