あなたしか知らない


母の容体は思わしくないようで、主治医からは『脳への転移が認められるから、覚悟してください』と言われている。

祐奈は許される限り付き添っているが、母は目を閉じたままだ。
もう痛みはないのか、母は安らいだ顔をしてこんこんと眠り続けている。

(お母さん……何年も頑張ってきたよね)

もう無理だと言われながら、広宗の援助で最新の治療を受けられた。
だから祐奈が大学に入学するのも成人式を迎える姿も見てもらえたのだ。

(せめてあと少し、卒業まで……)

大学にはもう通う必要もない時期だったから、祐奈はほとんどの時間を病院で過ごしていた。
さすがの伯母も、こんな状態の母がいるのに働けとは言ってこない。
祐奈はようやく母とふたりだけの静かな時間を持てたのだ。

記者会見のあと、広宗は忙しくしているようで連絡しても返信はなかった。
広宗と会えないまま母が亡くなったらどうしようと思うのだが、なすすべもない。

祐奈は辛い気持ちを抱えたままだが、季節は慌しい師走を迎えていた。



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